2018/07/15 改訂版 「『あなたの悩み、分かるわ』詐欺に気を付けろ」「周りの人をカウンセラーにしない」「人生なんて相談しても仕方がないことが多い」

君も囚われのプレイヤー 押井守の映画『アヴァロン』

君も囚われのプレイヤー 押井守の映画『アヴァロン』
ポーランド在住の筆者がAVALONの魅力とポーランド語歌詞と作中に登場するポーランドの小物を紹介。果たして君が信じる世界は絶対なのか、頭のいいゲームマスターに踊らされ、延々と自分を消費しているだけではないか、Welcome to Avalon の行き着く先は何なのか、を哲学的に解説。時には君自身をログオフして、この世界(ゲーム)を疑え、が本記事の主旨です。川井憲次の名曲『Log Off/Log On』の動画も紹介。

ポーランド語の歌詞を読み解く

追記:2015/12/13

私も押井先生の作品は全部見たわけではないですが、今のところ、ぶっちぎりでAvalonが好きです。

主演のマウゴジャータ・フォレムニャックのクールな顔立ちもいいけど、日本語吹替えを担当している財前直見の渇いた喋りがBGMとしても非常に心地よい(Wikiのお写真を拝見すると、「アッシュ」のイメージとまったく違っていて、よくこの日本的な女優さんがあんなサイバーパンクな役柄を演じられたものだと感心します)。

押井守のコアなファンに言わせたら、「パトレーバーの方が上」「うる星やつらのビューティフルドリーマーが最高傑作」等々、いろんな意見があると思います。でも、私にとっては、Avalonがベスト。攻殻機動隊もいいけど、Avalonの世界観が好きなんですね。「その世界」を疑いもせず、ひたすらゲームに没頭する危うさみたいなのが。

Amazonレビューで何人かの方が書いておられるけど、「押井守の最高傑作」「アヴァロン>>攻殻」というのも解るような気がします。

加えて、川井憲次のサントラが素晴らしい。特にテーマ曲である『Log in / Log off』のドラマ性は白眉のものでしょう。

しかし、大編成の合唱にくわえ、録音ではエコーがかかっている為、本場ポーランド人でも歌詞が聞き取りにくいです。

実際、なんと歌っているのか、僭越ながら、ここに紹介します。

Avalonの日本語訳およびポーランド語歌詞のリンク元。

日本語訳//www.kenjikawai.com/avalon.html

ポーランド語歌詞 こちらのページにリンクがあります
Log off//www.kenjikawai.com/logoff.pdf
Voyage to Avalon //www.kenjikawai.com/voyagetoavalon.pdf
Voyage to Avalon (Orchestra ver.) //www.kenjikawai.com/voyageorche.pdf
Log in //www.kenjikawai.com/login.pdf

多分、サイトの方はUTF-8に対応してなくて、ポーランド語がウェブに正しく表記されないのだと思います。ニョロっとした記号とか。

Log off / Log in の日本語読み

ポーランド語の日本語表記は専門家でも意見が分かれるところです。
日本語では置き換えられない発音もたくさんあります。子音だけの「シ」とか。
あくまで参考としてご覧下さい。
小文字はストレートに翻訳した場合です。
私も専門じゃないので、おかしい部分はあるかもしれませんが。

ちなみに Życie=Life 、 jest=is の意味です。

Life is wonderful adventure, Life is wandering in storm ・・のようなことを歌っているとイメージすると分かりやすいかと。

Życie jest wspaniałą przygodą
じっちぇ ぃえすと ふすぱにゃょん ぷしごどん
人生は素晴らしい冒険

życie jest wędrówką wśród burzy
じっちぇ ぃえすと う゛ぇんどるふこん ふしると ぶじ
人生は嵐の中の放浪

życie jest Niezwykłą podróżą
じっちぇ ぃえすと にえずうぃくうぉん ぽどるじょん
人生は非日常的な旅

życie jest wędrówką wśród wielu burz
じっちぇ ぃえすと ふしると う゛ぃえる ぶじ
人生は大きな嵐の中の放浪

Avalon Spełnione marzenie
あう゛ぁろん すぺうにょね まじぇにぇ
アヴァロン 願いを叶える

ujrzysz ląd zasnuty mgłą ranną
うぃじしゅ うぉんと ざすぬてぃ むぐうぉん らんにょん
朝霧の中に眠る大陸が現れる

Avalon kraina tajemnic
あう゛ぁろん kらいな たいぇむにつ
アヴァロン 秘密の国

Poznaj swój prawdziwy Avalon
ぽずない すふい ぷらうじう゛ぃ あう゛ぁろん
真実のアヴァロンを知る

*

公式サイトを見ても分かるように、押井先生の方は下記のように謳っておられる。
でも、これをポーランド語の歌詞にそっくり置き換えるのは難儀ですよね。
「輪廻」なんて概念からして無いもの。ここカトリックだし。

輪廻
定めし魂は
輪廻
天から降り
輪廻
神のみが知る
輪廻
誕生を祝う

A’ 輪廻(アヴァロン)
汝の魂は
輪廻
再び天へ
輪廻(アヴァロン)
神のみが知る
輪廻
誕生を待つ

ポーランド語台詞の翻訳も相当に苦労されたと思います。
日本人同士でもこの世界観を分かち合うのは難しい。

たとえば、ラスト、アッシュとマーフィーの対決の場面で、作品の核となる台詞が登場します。

「そしてあなたは決めた ウィザードの敗北を
仲間を捨ててまで あなたが成し遂げたかったことは
病院のベッドで未帰還者として植物人間になることだったの」

「オレのどこが廃人だ
クラス・リアルで分かったはずだ
世界とは自分の思い込みに過ぎない、ちがうか
ここが現実で、どんな不都合がある?」

「自分にそう言い聞かせてるんだとしたら、それが逃避じゃないの」

「世界とは何か」という問いかけに対し、ポーランド語では

sŒwiat jest taki,
jaki nam się wydaje, że jest!

と答える。

真っ直ぐに翻訳すれば、「世界とはかくの如し、君が見たまま(感じたまま)、そのものだ」みたいな感じ。ちなみに swiat = world jest = is jaki = how もしくは as といった意味です。

「思い込み」とはまた微妙に違うけれども、言いたいことは解る。

だけども、「(我によって)認識される世界」の観念は仏教のもので、カトリックではない。

いわば「色即是空・空即是色」。

物事の本質は「空」であって、自身が「闇」と思えばそれは闇になるし、「光」と思えば光になる。

その物自身に実体はなく、「本人の解釈」があるのみ、です。

つまり、マーフィーが「ゲームの世界が現実」と思えば、それが現実になるし、たとえボディは病院のベッドの上に植物状態で横たわっていても、意識がゲームの中で生き続ける限り、マーフィーの人生もまた続く、という解釈です。

だけども、それが正解なのか?

他の何をも顧みず、「ここが現実」と言い切ってしまうのは逃避ではないのか。

アッシュはマーフィーに疑問を投げかけます。

しかし、そのアッシュ自身も、「この場」を生きている自分が「本物」か、あるいはゲームの中の「意識」に過ぎないのか、まるで自覚がない。

非難する人間自身が、ゲームの中に迷い込んでいるという論理の破綻がある。

この状況を突き詰めても、タマネギの皮みたいに、永遠に正答に辿り着くことはなく、「認識される世界」と「疑問」がエンドレスに繰り返されるマインドゲームがあるだけ――というのが、Avalonのテーマではないでしょうか。

ともあれ、一つだけ確かなのは、『輪廻』も『色即是空・空即是色』も存在しないカトリックの人に、このテーマを理解させるのは非常に難しかったのでは無いか――ということ。

ちなみに、押井先生がポーランドの情報工科大学で講演された時、大盛況だったと伺っています。

ポーランド軍が協力したとされるOP。町並みは、ほんと、このままです(旧市街や地方都市)。

OPのテーマ曲『Log Off』の合間に流れる「カリカリ」という音が大好きです。昔のハードディスクの書き込み音に似ています。
昔はPCも音がうるさくて、始終、カリカリ、カリカリ、音がしていました。今はPCもモバイルもびっくりするほど静音設計だけども。

でも、やはりハードディスクはカリカリ音がするべきだと思っています。インジケーターがせわしく点滅して、「あ、動いてる、動いてる」と実感するのが楽しいんですよ。

OPの『Log Off』は戦闘シーンの後、6分30秒ぐらいから流れます。

Avalonとポーランド:現代もそのまんま

私がAvalonを知ったのは、ポーランドに移住した頃、オタッキーの妹から「あんた、押井さんの新作、ポーランドやで。撮影現場にファンが殺到して、凄かったらしいで」と聞かされたのがキッカケです。

妹の話によると、押井監督が『ポーランド』を選んだのは、世界中の言語を聞き比べて、自分の世界観をもっとも如実に表現するのがポーランド語だったから……だそうです。

ちなみに、制作当時のポーランドはEU加盟前で、地方では青年海外協力隊も活動していました。日本では『経済後進国』に分類されていたのです。

EU加盟後は著しい経済成長を遂げ、大都市も見違えるように発展しましたが、場所によってはまだまだ遅れていて、さながら現代と昭和40年代の中間に位置する「中つ国(ミドルアース)」みたいなものです。2001年なら、今よりもっと寂れた感じだったでしょう。

そんなポーランドを舞台に選んだ押井監督の感性にピエロギ1000個!(ピエロギ=ポーランドの餃子)

アッシュが調理する米も、ポーランドの有名なメーカー、SONKOのRyż(米)。私も時々買っています。

アヴァロン 押井守

sonko Ryz

キャベツは Kapusta włoska 。日本のキャベツと違い、シワシワのパサパサ。日本人にはあまり美味しくない。

Kapusta-włoska 

この肉はUdziec wołowyだろう。いい牛肉を使ってます。

Udziec wołowy アヴァロン 押井守

Udziec wołowy アヴァロン 押井守

Piastはスポンサーかしら。それとも押井監督のお気に入り?

piast Avalon ビール

共産主義時代に建てられた古いアパートのキッチン、本当にこういう雰囲気です。
階段や通路も映画のまんまです。
今はみなIKEAでお洒落な家具を買い揃えて、北欧風や南仏風にリフォームしてますけど。

アヴァロン 押井守

こういう食堂も、共産主義時代の公共施設に行くと、たくさん残っています。
日本に居る時に見ていたら、「へー、異次元っぽい演出だなー」と思ったかもしれませんが、現実もそのまんま。
「演出ちゃうねん、日常やねん」
我が町の市役所や病院の内部の写真をセピア加工したら、AVARONの世界になる(笑)

アヴァロン 押井守

アヴァロン 押井守

これを見て、「演出」と思わないで下さい。地方では、まだまだ多くの病院がこんな感じです。
私も陣痛中、廊下で寝ていました。

アヴァロン 押井守

君も囚われのプレイヤー

当作品について「仮想現実」「ゲーマー」「自我」「ネトゲ廃人」「哲学」については、他のファンの方が読み応えのある熱いレビューをたくさん書いておられるので、私は左巻の観点から語ってみたいと思います。

*

他のファンの方も書いておられるけど、押井監督の魅力はどんな風にでも解釈できる、という点です。

だから、アンチが見ても、信者が見ても、何時間でも熱く語れてしまう。

「この解釈は有りえん」「いや、そういう見方がおかしいんだ」

百人が見たら、百通りの解釈があり、誰もが一言、言わずにおれなくなる。

それがマニア受けする一方、「くどい」「難解」「自己満足」と批判の対象ともなり、宮崎アニメのように、誰もが親しみを感じる作品でないのは確かです。

*

アヴァロンの場合、オンラインで繰り広げられる『戦闘ゲーム』が舞台になっています。

でも、これもいろんな状況に置き換える事ができます。

当たり前のように通勤している会社。

当たり前のように所属している大学のコミュニティ。

当たり前のように身を置いている地方の町。

そこには”常識”とされるルールがあり、勝敗の価値観がある。

多くの人は、何の疑いもなく馴染んで、自らに正否を問いかけることもありません。

映画『MATRIX』のように、たとえそれが仮想現実だとしても、信じたくない人の方が大半でしょう。

なぜなら、今自分が属する世界、正しいと信じる世界の価値観を疑うことは、非常に勇気の要ることだからです。

また、そこでは様々な生存競争が繰り広げられ、競争を生き抜くには、金、能力、資格、容姿、コネなど、いろんなアイテムが必要です。

多くの人は、より強く、より有利に生きるために、たくさんのアイテムを手に入れ、周囲より優位に立とうとします。

もっと経験値を上げ、ポイントを稼ぎ、次々にステージをクリアして、ゲーム仲間に仰ぎ見られる存在になる。

それはそれで有意義な勝者と言えるのかもしれませんが、果たして、自分が正しいと信じているルールや価値観は、本当に『正しい』のでしょうか。

そもそも、あなたが認識する現実は、本当に「ありのまま」ですか。

もしかしたら、誰かが作為し、ゲーマーの欲望や価値観をコントロールしようとしているのではないですか?

*

この現実を「ゲーム」、君自身を「プレイヤー」と置き換えるなら、君はポイントを稼いでゲームを攻略し、さらなる上級ステージに進もうと躍起になってるプレイヤーです。

君はゲームの世界にすっかり馴染んで、何の疑いもなく戦い、時間を消費するけれど、ゲームマスターから見れば、君も単なるコンシューマーに過ぎません。

自分たちが提供するゲームに金と時間を際限なくに注ぎ込む、「いいお客さん」です。

ゲームを提供する側の人間は言う。

クリアできそうに見えてクリアできないゲームと、一見クリア不可能と思えるが、その実、可能なゲームと、どちらがよいゲームか言うまでもない。その間の微妙な均衡の点を探し出し、プレイヤーの動機を維持する。それが私たちの仕事だ』(ビショップの台詞)

ゲーマーに対する思いやりも、社会に対する責任感も、何もありません。

もっとのめり込め。人生を費やせ。

何もかも忘れて、ゲームに全てを注ぎ込むのだ。

それで得するのは誰か。

ゲームマスター、ただ一人です。

*

アッシュも、マーフィーも、優れたゲーマーであり、自分自身で全てをコントロールしているつもりでも、その実、ゲームマスターの計略にのせられ、無駄に人生を消費するだけのプレイヤーに過ぎません。

最高レベルをクリアしたアッシュに待ち受けていたのは、どれが現実で、どこまでがゲームかも分からない、衝撃的な結末でした。

同じように、君が信じるルールも、価値観も、『絶対』などではなく、ゲームマスターに都合よく書き換えられた筋書きかもしれません。

自分は優れたつもりでも、ゲームの中では、ゲームマスターに踊らされるゲーマーの一人に過ぎないのです。

人間というのは、いともたやすく環境に支配され、思考も感性も麻痺させてしまう生き物です。

似たようなゲーマーに囲まれていれば、ルールの矛盾に気付くこともありません。

競い、稼ぎ、勝っては、また競い、しまいに自分自身も消費しつくして、ネトゲ廃人になった「未帰還者」はあなたです。

自分が「廃人」と自覚できるならまだしも、アッシュやマーフィーのように、別の次元に迷い込んでも、まだゲームのトリックに気付かない人もいます。

はたと気付けば抜け殻みたいになっているマーフィー達の姿は、決してデフォルメではありません。

アヴァロン 押井守

アヴァロン 押井守

世界とは何か。

それは『認識』です。

世界の中に自分が居るのではなく、自分が「こう思う」と解釈の中で、人は生きている。

ポストが赤だと思えば、それは赤色に見えるし、真っ直ぐな電柱は間違いだと思えば、全ての電柱が間違いに見えます。

そこに『実体』はなく、あなたが「こうだ」と認識しているものが、あなたにとっての『世界』なのです。

だけど、時々は、あなたが「こうだ」と信じている世界からログオフし、そこで常識とされるものを疑ってみて下さい。

ふとオフラインになった時、あなたは自分が囚われのプレイヤーだったことに気付くはずです。

MATIRXでも『Unplug(アンプラグ)』という言葉で、自分がこうだと認識する世界から脱却する必要性を示唆していました。

あなたがのめり込むゲームも、時々はログオフし、その世界観を疑ってみる必要があります。

ところで、君は「日本」というものを疑ったことがあるかな?

「世界に誇る経済大国」「ナンバーワンのサービス精神」「国際社会の指導的役割」。

日本って、ものすごくいい国なんだ!

国際社会は日本人をとても高く評価している!

「日本サイコー」のイメージは、日本人なら誰でも少なからず持っていると思います。

そして、実際にそう。

宅配物は時間指摘で確実の届くし、トイレも病院もぴかぴかだ。

衣類も食事も何もかもが高品質で、店員さんは天使のごとくサービスしてくれる。

世界の隅々で医療や教育のボランティアに打ち込み、尊敬されている日本人も多い。

こんな素晴らしい国はまたとありません。

でも、一方で、国際社会に金銭以外は頼りにされず、誰も「世界的リーダー」なんて思ってない。

外国のTVでは、東京も売春街みたいに紹介され、表通りに堂々と風俗の看板が立ち並ぶ、ユルユルの国民性と思われてる。

仕事も、子育ても、「こうあるべき」とされていることが、海外に出れば非常識だったりする。

君らが信じる「素晴らしい日本」というのは、一度も日本の外に出たことがなく、自分たちの有様を客観的に見る機会もなく、日本語の情報だけで作り上げられた「イメージ」に過ぎません。

自分たちが必死でプレーしている世界の実体を外から見つめることなく、ゲームマスターの手の中でひたすら競争に明け暮れるだけです。

つまり、そういうこと──

君らが「正しい」とか「素晴らしい」と思い込んでいる現実は、果たして「本当なのか」ということを、時々、立ち止まって考えた方がいい。

途中で覚醒したかのようなアッシュでさえ、自分が何ものか、何処に身を置いているのか、何一つ悟ることなく、ゲームの振り出しに戻ってしまいました。

それは「日本」に限らず、会社でも、学校でも、グループでも、何でもそう。

疑うことを知らなければ、一生囚われのプレイヤーで終わってしまいます。

自分では優れたゲーマーのつもりでも、そこには必ず『ゲームを作る人間の意図』が働いているからです。

でも、多くの人は、疑うことを恐れます。

なぜなら、『疑う』ということは、自分がプレーしているゲームからログオフして、必要とあらばリセットすることだからです。

うすうす「おかしい」と気付いても、プレーを止められない、集めたポイントを失いたくない、という人もあるでしょう。

あるいは、未帰還者みたいになった自分自身を直視したくない、という恐れもあるかもしれません。

それでもログオフしてみる。

このゲームは本当に正しいのか疑ってみる。

そうした勇気と知性があれば、無為なコンシューマーで終わることもないでしょう。

この世で一番頭がいいのは、プレイヤーを熱狂させるゲームを作るゲームマスターです。

もっともっと、プレイヤーの欲望を掻き立て、深入りするような仕掛けが満載です。

それに乗せられ、ゲームの世界の強者を目指しても、行き着く先は自分を見失った「未帰還者」。

Welcome to Avalon の先にあるものは、自我の喪失かもしれません。

*

というような、左巻の喩えもできるのがアヴァロンの面白いところ。

攻殻機動隊の「人生とは記憶の集積」みたいなテーマも面白いけど、アヴァロンも奥深いですよね。

果たして、実体の「アッシュ」は何所に居るのか。

これもいろんな解釈があると思います。

とっくにリアルのアッシュは失われていて、意識だけがゲームの中を行ったり来たりしているとか。

あるいは、いくつものアカウントを使い分け、複数自我の世界を生きているとか。

いずれにせよ、これからますますITの世界は面白くなるし、人間の意識も大きなく変貌を遂げるでしょう。

いずれ生体からデバイスへ「意識(記憶)のコピー」が可能になり、一種の「永遠の命」の時代が来ると私は予想しています。

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川井さんの音楽が素晴らしい。
イノセンスの「恨みて散る」もよかったけど、アヴァロンのLog inはそれ以上。
名曲です。

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