勝者が後進に道を譲る時 ヒーローの世代交代『カーズ 3』

勝者が後進に道を譲る時  ヒーローの世代交代『カーズ 3』

大人気のレーシングカー・アニメ『カーズ』のシリーズ第三作が公開されると知った時、ああ、また取って付けたような話かと思っていたら、非常にシビアな内容で驚いた。

弾丸のようにレース界に現れ、一世を風靡したライトニング・マックィーンも中年期にさしかかり(アニメなので外見に年齢は現れないが)、稲妻のような走りにも衰えが見え始める。
そんな不安とは対照的に、レース界には次々にハイブリッドな若手が現れ、記録を塗り替えていく。

生意気な新人ジャクソン・ストーム。
ジャクソン・ストーム カーズ ライトニング・マックィーン

昔と異なり、トレーニングは高機能シミュレーションを用いたインドア方式。ハイテクノロジーで能力を分析し、必勝に導く。

ジャクソン・ストーム カーズ ライトニング・マックィーン

ジャクソン・ストーム カーズ ライトニング・マックィーン

ジャクソン・ストーム カーズ ライトニング・マックィーン

時代に取り残された車は次々に解雇。レース場の顔ぶれも変わっていく。

ジャクソン・ストーム カーズ

そして次は自分の番。

このままではジャクソン・ストームに勝てないどころか、レーシングカーとしての地位や名声も失い、存在危機にさらされたマックィーンは、新たな方策を求めて、トレーニングセンターに赴く。これぞまさしくミドルエイジクライシス。どれほど気力や能力があっても、永遠にトップで走り続けられるわけがなく、いつかはその地位から退き、後進に道を譲らなければならない(たとえ相手がいけ好かない新人であろうと)。

なんとも、これが子供向けのアニメかと溜め息。それだけ21世紀は切羽詰まった時代ということだろう。夢よりも現実、成功より挫折、人生の生々しい定めを描き出して、そこにはディズニーらしい甘さもなければ、奇蹟もない。ただただ、『この世の中』があるだけだ。

しかし、昔気質のマックィーンは、ハイテクのトレーニングセンターにも納得できず、彼のサポートを務めるトレーナーのクルーズ・ラミレスと共に、尊敬するドック・ハドソンの古巣を訪れる。

カーズ3 ドック・ハドソン

マックィーンの記憶の中で、悲劇的な事故から引退を余儀なくされたドック・ハドソンは『不幸なチャンピオン』だ。笑った顔を見たことがない……と回想するマックィーンに、ドックの元クルーチーフだったスモーキーは、ドックが晩年、マックィーンの指導に生き甲斐を感じていたことを語り、レーシングカーとして勝ち続けるだけが人生ではないことを示唆する。

ドック・ハドソンは世間から冷遇され、表舞台から消えざるをえなかったが、マックィーンは自分の意志で引退を決めることができる。それを前向きに捉え、最後のレースに挑む。

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『カーズ』が初めてリリースされたのは、2006年。あれから11年が経過し、マックィーンの宿命は、当時、制作現場で意気盛んだった若手スタッフの宿命でもあるだろう。

職場には、自分より最新の知識や技術をもった若手がどんどんやって来て、地位も仕事も脅かす。

会社は最大限に利益を上げる所、『時代の流れ』と言われたらそれまでで、誰がそれに抗えるだろう。

だが、人間は部品ではない。去る者、進む者、それぞれに敬意と想像力は必要だ。

互いの焦りや苛立ち、侮蔑や野心をぶつけ合ったところで、お互いに後味の悪い思いをするだけだし、後進にとって何の手本にもならない。

それよりも、人にはどうしても避けられない宿命があることを、老いも若きも理解し、互いに支え合う方がいい。

去る者は、勝利や栄光に執着するのではなく、進む者は、老いた者を嘲笑うのではなく、共にこの社会で生きて、幸せを分かち合おうというのが、本作の趣旨だ。

これからの世の中は、きっといっそう厳しい。

技術は大変なスピードで進化し、数年前には新しかったものが現在では旧式といわれ、世代間の価値観や知識の隔たりもどんどん広がっていく。

そんな中、ウルヴァリン・XーMENの最終章『ローガン』をはじめ、新しい切り口の作品が続々と登場するのは非常に興味深いし、現実に真っ向から立ち向かい、新時代の処方箋を生み出そうとする作り手の意志も快く感じる。

今日、映画館で、『カーズ』を見た少年も、いつか本作の真のメッセージを理解するだろう。

その時、マックィーンをはじめとする、レーシングカー達の優しさや潔さを思い出し、人生の糧とできれば、ピクサーの中年の作り手たちも大満足ではないだろうか。

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