2018/06/05 改訂版 「親を捨てよ 家を出よう」「大学には行った方がいいの?」「好きなことをして生きるは正解か」を追記

アニメ&漫画

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お気に入りのマンガのレビュー。

無名戦士の墓 ~名もなき祖国の英雄たち

欧州各地に存在する無名戦士の墓。歴史の書物に刻まれるのは一握りですが、その足下には、何十億という人々が存在します。「ベルばら」では、民衆の側について戦うことを決意したオスカルが「我らは名もなき祖国の英雄になろう」と兵士たちを奮い立たせる場面があります。名も無き人々の墓碑は未来に向かって、誰が語るよりも確かな平和のメッセージを送り続けています。

マイ・ファニー・バレンタインと夫婦愛 ルイ16世とマリー・アントワネット

ルイ16世の処刑の前夜、マリー・アントワネットは祈りの中で「激しい恋愛感情はなかったにせよ、わたしはあの人を愛していたのだと……これもまた愛であったのだと……体にしみわたる長い夜をアントワネットは思いつづけていた」とその愛を自覚する。女性としてフェルゼンを求めながらも、一方では夫に対する尊敬と愛情も抱いていたエピソードから。

無知は知の始まり オスカルさまと野菜スープ・貴族が貧者の現実を知る時

大貴族の令嬢に生まれ育ち、華やかなベルサイユ宮殿の世界しか知らないオスカルが、ロザリーの手引きで、初めてパリの貧しい庶民の暮らしを体験する場面。「分かったつもり」でも、何一つ理解していなかったことを思い知り、後のバスティーユ攻撃に繋がるエピソードです。ポーランドの病院の食事や施設を動画と写真で紹介。

マリー・アントワネットの『デッドマン・ウォーキング』 ~マリア・テレジアの娘として死す

「デッドマン・ウォーキング」とは、死刑囚が独房から処刑室に連行される際、看守が周囲に宣する言葉で、「死刑囚が行くぞ!」という意味。ハプスブルグ家の皇女に生まれ、栄耀栄華を極めたフランス王妃から一転、罪人として両手を縛められ、髪をばっさり切り落とされて、ボロボロの馬車で処刑広場に連れて行かれたマリーの心中はいかなるものだったろうか。

母の愛は馬車より強し ロザリーのお母さんの勇気

「文句があったら、いつでもベルサイユにいらっしゃい」のポリニャック伯爵夫人の捨て台詞で有名なロザリーのお母さん轢死事故。実際、町中を走る馬車の速度は徐行する車より勢いがあります。ロザリーの生みの母であるポリニャック伯爵夫人を呼び止めようと身体を投げ出したお母さんの心情は想像して余り在るというコラム。

ベルばら・コード サクレクール寺院を探せ 池田理代子の創作秘話より

ベルサイユのばらを創作するにあたって、池田理代子先生は「図書館や出版社の資料室に行って、日本で手に入れられる限りの本を資料にしました。実物はまったく見ずに写真を見て絵を描いていたわけです」。連載後、フランス革命時には存在しなかったサクレクール寺院が描かれていることを読者から指摘されます。その箇所はどこでしょう。

プチ・マリーの行方(ベルサイユのばらに寄せて)

マリーは多くの人間にかしずかれ、自分から誰かの為にケーキを焼いたり、窓を磨いたり、足腰の弱ったおばあさんを支えてあげたり……といった行為とはまったく無縁に、生活の隅から隅まで、最高の尊敬を払われてきた。しかし、与えられるばかりで、自ら与えるチャンスが無いというのは、一見、楽なようで、実は心の地獄なのではないだろうか。

マリー・アントワネットの子守歌 ~海を越えた「みつばちマーヤ」

日本が誇る名作アニメ『みつばちマーヤの冒険』は、ポーランドでも国民的アニメとして親しまれています。ポーランド版の主題歌『Pszczółka Maja』は、国民的童謡として母から子に歌い継がれています。CDもレコードも無かった時代、母が歌う子守唄は格別な響きだったというコラム

国境まで50キロ 国王一家の命運を分けたヴァレンヌ逃亡の無念

フランスから逃亡を試みるも、国境に近いヴァレンヌで捕まったル16世とマリー・アントワネット。この事件はフランス革命における王室の立場を貶め、処刑という最悪の結末を迎えます。ポーランドとスロヴァキアの国境の様子を写真で紹介。多くの悲劇の舞台となった国境に関するコラムです。

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