アニメ&漫画

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お気に入りのマンガのレビュー。

きょうだいは平等に愛せるか 『北斗の拳』アサム王と三兄弟のエピソードより

親の目には平等でも、きょうだい間には歴然とした上下関係があるものです。 弟より兄、妹よりは姉の方が一日の長がありますし、周りにも重く見られたいのが人間の性分です。 そのように兄(姉)として頼られ、『格』を尊重されるからこそ、弟(妹)を慈しむことができるのです。

寺山修司の名言とモルゲッソヨ

平昌五輪で大人気の『モルゲッソヨ』のアスキーアートがあまりに素晴らしいので、寺山修司の名句と掛け合わせてみました。 モルゲッソヨは立ち会いを許された覗き魔である。 寺山修司の仮面画報より 正しくは、「観客は立ち会いを許された覗き魔である」。 どんな鳥だって モルゲッソヨより高く飛ぶことは できないだ […]

プロとアマの違い ~池田理代子のインタビューより~

学生というのは依然アマチュアには違いないのだが、それは、プロの道に至る登山口に一歩を踏み入れたアマチュアである。優れた歌手の歌う声が、何故あれほどにまで人の心を打つのかといえば、ただひとつの音、ただひとつの言葉の発音にも、厳しい全身の鍛練と長い歳月の勉強があるからである。

さようなら、オスカル ~少女から女へ変容の時

私にとって、マリー・アントワネットというのは、「囚われの女性」だった。好きでもない男性に嫁がされ、人間として正直に振る舞う自由もなければ、自分らしくいられる場所もない。しきたりに縛られ、好奇の目にさらされ、たえず偽りの笑みを浮かべながら、見せかけの自分を生きる……。

素敵な恋のあきらめ方(ベルサイユのばらに寄せて)

 恋をして、何が辛いかといえば、その人をあきらめなければならない場合でしょう。  かといって、人を好きになったら、そう簡単に理屈であきらめきれるものではありません。頭では分かっていても、「もしかしたら」と期待して、側に寄ってみたり、背伸びして、いい所を見せたり。バカだなあと思いつつも、相手のことを追 […]

プチ・マリーの行方(ベルサイユのばらに寄せて)

マリーは多くの人間にかしずかれ、自分から誰かの為にケーキを焼いたり、窓を磨いたり、足腰の弱ったおばあさんを支えてあげたり……といった行為とはまったく無縁に、生活の隅から隅まで、最高の尊敬を払われてきた。しかし、与えられるばかりで、自ら与えるチャンスが無いというのは、一見、楽なようで、実は心の地獄なのではないだろうか。

オーストリア女 ~異国の女として生き、異国の女として死す~

 近頃は、国際人を目指して早期の英語教育も盛んですが、果たして言葉は本当に国や民族の違いを超えるのか、時々、疑問に思うことがあります。  たとえば、日本人相手に「ベルばらがね……」と言えば、池田先生の名前はもちろん、作品の内容、オスカルやアンドレといったキャラクターの名前、歌劇やアニメ、洋画にまでな […]

お手製ショコラの思い出(ベルサイユのばらに寄せて)

 私が小学生の頃、周囲で、ベルばらを熱心に読んでいる子は非常に稀であった。彼女たちの愛読書と言えば、「チッチとサリー」みたいな、ほのぼの恋愛マンガか、「キャンディ・キャンディ」のような、少女が主人公の物語が大半で、歴史ものや大人の恋愛ものを読み耽るような、ませた子供は限られていた。  ゆえに、「ベル […]

恋人たちの夏時間(ベルサイユのばらに寄せて)

 ヨーロッパの夏の日照時間は長い。  夏至の頃には、夜の九時を過ぎても、まだ顔の見分けがつくほど明るく、広場も、食後のビールを楽しむ人々でごった返している。夏のこの季節、「夜」と言えば、十時以降を差し、「十時になったから帰ろう」ではなく、「さあ、これから街に繰りだそう」なのである。  もっとも、マリ […]

マリア・テレジアの選択 (ベルサイユのばらに寄せて)

 仕事を持つ母親にとって、一番心に突き刺さるのが、「子供と仕事と、どっちが大事なの?」という問いかけだろう。  「どっちが大事」と訊かれても、どちらとも言えないし、こればかりは比べようがない。もちろん、「子供が大事」なことは言うまでもないが、子育てと同じだけの力配分を持って、仕事にもアクセルをかけよ […]

38歳 マリー・アントワネットと同じ年齢になる(ベルサイユのばらに寄せて)

 この世には、その身にならないと分からないことがたくさんある。  私も、10代の頃は、「マリー・アントワネットという女性は、なんと愚かで、浅はかなのかしら」と思っていたが、自分も結婚し、子供を生み、マリーと同じ年齢だけ生きたら、彼女がそうならざるをえなかった理由も分かるような気がした。  ルイ16世 […]

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