寺山修司

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寺山修司の言葉のアーカイブ。

『ぼくはまだ人を殺したことがない』正当化される殺人と歴史の解釈

ぼくはまだ人を殺したことがない。だが、そのことはぼくの名誉でもなければ、汚辱でもなく、ただ機会がなかったというだけのことにすぎないだろう。ぼくの父は、殺人者であった。<兵隊>という名の殺人労働者として戦場に狩り出されてゆき、ニューギニア諸島で何人かを殺した。殺しの代償として貰った勲章は、父の死後、母 […]

詩を書く心・言葉で一瞬を永遠に留める ~寺山修司の少女詩集に寄せて

ハイティーン詩集傑作選もみずみずしい筆致で綴られた可愛い作品ばかりだ。「寺山修司なら読んでくれる」。そんな信頼も感じられる。だから、みな「ポエム」などと自嘲したりしない。自分の言葉を大事にする者は、相手の言葉も大事にできる。幼い詩人に必要なのは、詩を批評する先生ではなく、その詩情を受け止めてくれる優しい大人だろう。 

『いったい人間らしさとは何でしょう』 #『質問』の答え

皆、何かを勘違いしている。 強くなれば、嫌なことも消えてなくなる。 綺麗になれば、愛される。 優秀であれば、あれもこれも上手く行く。 人気者になれば、欲しいものが何でも手に入る。 でも、あれもこれも完璧に揃っているなら、この世に人として生きる意味など無い。

『心も年をとるのでしょうか』#質問の答え

『心』と呼ぶものの中には、知見、理性、経験、達観、それら全て含むのかもしれません。 でも、どんどん頭で考えることの比重が高くなって、怪人のダジャレに素直に喜べた日は遠くなるばかりだし、感じたことより理屈の方が立つようになる。それこそ惰性の始まりではないかという気がしてなりません。 そして、来る日も来る日も、似たようなことばかり考え、物事を見つめ直すこともなく、経験に囚われるようになれば、心が老いたと言われても仕方ないでしょう。

『もし鳥になれたら最初にどこへ飛んで行きたいですか?』 #『質問』の答え

https://flyingquestions.tumblr.com/post/162392721005/質問の本からの質問ですオランダのカモメです それは『過去の自分』です。 『あの頃の私』が頑張ってくれたから、今の私があるわけで、過去の私には感謝してもしきれないくらいですよ。 思えば、どんな危機 […]

かなしくなったときは 海を見にゆく

かなしくなったときは かなしくなったときは 海を見にゆく 古本屋のかえりも 海を見にゆく あなたが病気なら 海を見にゆく こころ貧しい朝も 海を見にゆく ああ 海よ 大きな肩とひろい胸よ どんなつらい朝も どんなむごい夜も いつかは終わる 人生はいつか終わるが 海だけは終わらないのだ かなしくなった […]

戯曲『星の王子さま』(寺山修司)現実社会で星はいかに輝くか

崇高な星の輝きは、現実に藻掻き苦しむ大人を決して見捨てたわけではない。 それらは確かに私達の真上に存在し、強い輝きを放っている。 それに気付けば、酔っ払いにも、落ちこぼれにも、星を掴むチャンスはあると分かるはずだ。 もしかしたら、童話の中で見つめる星よりも、勝利の輝きに満ちているかもしれない

孤独とは慣れるのではなく、利用するもの ~寺山修司の言葉より

一人息子に捨てられた身寄りのない老人が、その孤独さからのがれるために、無差別に話相手を探さねばならない、というのは悲しいことである。しかも、何の共通性も持たない相手に向かって話しかけるためには、サービスとして何か話題を提供せねばならぬ、と知った老人の積極性というやつには、もっと悲しい何かがあろう。

能力の商品化 ~やりたい事と将来の選択(寺山修司の言葉より)

若い人が進路を選択する時、一番重要なポイントは「失敗したくない」の一言に尽きると思います。(飢えて、荒野に散ろうとも、オレは漫画家を目指す! みたいな熱血は除く) 日夜、メディアに踊る「○○議員、引責辞任」「○○会社、倒産」「芸人○○、どん底の今」「エリート一家に何が? 息子が父親を刺殺」「低所得に […]

人は「時を見る」ことなどできない 

人は「時を見る」ことなどできない。見ることができるのは、「時計」なのである。 寺山修司の仮面画報 人は「それ」をどのように認識するのだろう? たとえば、「愛」なら、ダイヤモンドやケリーバッグで感じるかもしれないし。 情熱的な恋文でそれを実感する人もあるかもしれない。 「名誉」なら、周囲の賞賛と媚びへ […]

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