2018/06/05 改訂版 「親を捨てよ 家を出よう」「大学には行った方がいいの?」「好きなことをして生きるは正解か」を追記

悪女 VS キャリアウーマン 事件の印象が証言を左右する 松本清張の『疑惑』

悪女 VS キャリアウーマン 事件の印象が証言を左右する 松本清張の『疑惑』
一台の車が埠頭から海に突っ込み、鬼塚球磨子は救助されるが、車内に取り残された夫の白河福太郎は死亡する。前科四犯の毒婦の先入観から、球磨子の犯行という前提の元に裁判が進むが、彼女の弁護を引き受けた佐原律子の鋭い推理により、思いがけない事実が明らかになる。桃井かおりと岩下志麻、二大女優が名演をあますことなく見せつける野村芳太郎監督の傑作を画像と動画で紹介。松本清張の原作との違いも抜粋で解説。メディアやSNSによる世間の決めつけが証人の記憶を歪め、無実の人間の人生をメチャクチャにしてしまう危うさを描く。

桃井かおり&岩下志麻の日本映画界・二大姐さんファンなら一度は見るべき映画が松本清張の『疑惑』。同名の小説を原作としたサスペンス……というより、悪女VSキャリアウーマン、女二人の激突を堪能する人間ドラマである。

「彼女が夫を殺したのは間違いない。」10人のうち10人までもが確信する鬼塚球磨子の有罪。だが心証的にはまっ黒でも、何一つ物的証拠がない。果たして検察は、世間は、彼女の罪を立証できるのか。そして、弁護側は―。暴行・傷害・恐喝・詐欺―前科4犯の毒婦と、女弁護士の心理的葛藤・かけひき・せめぎあい。九州で起きた三億円保険事件をヒントにした話題のサスペンス。(Amazon.co.jpより)

原作と映画の違い

まず最初に原作と映画の違いを明確にしておきたい。

松本清張の原作『疑惑 (文春文庫) 』はの主人公は新聞記者・秋谷茂一(映画では柄本明)で、疑惑の主、鬼塚球磨子が前面に出ることはない、という点だ。

また映画で球磨子を擁護する国選弁護士・佐原律子(映画では岩下志麻)は、原作では、ぬーぼーとした男性弁護士・佐原卓吉に設定されている。

誰がどう考えても有罪確定の鬼塚球磨子の弁護を引き受ける者など、誰もいない。しかし、弁護士が付かなければ、いつまで経っても法廷は再開されない。そこで、地裁の刑事部長が懇請して佐原卓吉が選ばれるわけだが、佐原は民事を専門とする弁護士で、刑事事件はまるで経験がない。この事件の報道で、鬼塚球磨子・有罪説を説いてきた新聞記者の秋谷としては非常に都合のいい人選だった……というわけだ。

原作いわく「四二歳の佐原弁護士は、両頬がすぼんでいて、首が長く、肩が落ちていた。眼鏡の奥には引込んだ眼窩があり、鼻梁が高く、顎が尖っていた。その白い顔は、細長い三角形になっていた。ただ唇だけは病的なくらい赤かった。これが色白の顔色と撫で肩と共に女性的な印象を人に与えた」と、キャリアウーマンの映画版とは180度異なっている。

新聞記者の秋谷は、鬼塚敗訴を確信し、佐原弁護士に接近するが、これが意外にやり手で、誰も重視しなかった「車中のスパナ」から、鬼塚球磨子=無罪の立証を固めていく。

もし、裁判で球磨子の無罪が確定したら、新聞記者としての秋谷のキャリアは終わりだ。敗色が濃厚になると、弁護士の佐原に対して思いがけない行動に出る。この結末は原作を読んで頂くとして、映画と全く視点が異なるのは、映画が女二人の火花と、鬼塚球磨子=桃井かおりの悪女の魅力に焦点を当てているのと異なり、原作は、タイトルそのもの『疑惑』をテーマにしている点である。その疑惑とは、鬼塚球磨子に対する疑惑ではなく、「毒婦」「前科者」「おどろおどろしい名前」という先入観から、確かな証拠もないのに『鬼塚球磨子=有罪』と決めつけて、法廷も世間も突っ走っていく恐ろしさを描いたものである。

喩えるなら、「和歌山毒物カレー事件」が最たるものだろう。最終的には、証拠固めが進み、法的な手続きを経て立件されたけども、逮捕に至るまでの過程は、『元保険外交員の主婦』が絶対犯人という前提で世論形成がなされていった。松本サリン事件もそうだが、渦中の人物の第一印象や先入観、報道の口調から「こいつ、絶対に怪しいよね」と世間が一斉に疑惑の目を向けるのは小説に限った話ではない。現代なら、まだ罪状も確定してないのに、渦中の人物や関係者の個人情報がSNSなどで晒されることもある。

小説『疑惑』は、そうした世間の先入観から、証人までもが「『鬼塚球磨子=有罪」という前提で証言を行い、認識さえ歪めてしまう恐ろしさを描いている。

たとえば、死亡した白河福太郎の友人で、建築業を営む経営者が証人として登場するが、この証人は『鬼塚球磨子=有罪』という先入観を持っているから、白河福太郎の「あいつに殺される」という軽口を、あたかも球磨子に殺意があったかのように警察に供述している。

弁護士 そこであなたが「それなら相当な慰謝料を出して球磨子と別れたらいいえはないか」と忠告した、と(証人供述書に)ありますが、そのとおりですか?

証人 そのとおりです

弁護士 あなたの忠告を聞いた白河福太郎は「あの女には三千万や五千万の慰謝料ではだめだ。一億円以上出さないと承知しないだろう<中略>だが、いまあの女を離別しようとすれば、おれはあいつに殺されるのを覚悟しなけれbあならない」とあなたに語ったとありますが、そのとおりですか。

証人 福太郎はそういう意味のことをわたしに云いました

弁護士 白河福太郎が妻の球磨子に殺されるというのは具体的にはどういうことか、あなたは白河からそれを聞きましたか。

証人 いいえ。福太郎は具体的には云いませんでした。

<中略>

弁護士 殺すとか殺されるとか云う言葉は、日常の軽い冗談にもよく使われます。鬼塚球磨子には明確な実行計画がないのですから、彼女に殺意があったわけではありません。したがって白河福太郎は球磨子に殺意を感知したわけでもありません。白河があなたに「あいつ(球磨子)」に殺されるのを覚悟しなければならない」と云ったのは、なんら根拠のない、白河福太郎の軽口と考えられますが、どうですか。

証人 そう云われてみると、とくべつに根拠のある、深い意味の言葉ではなかったと思います。

つまり、証人に『鬼塚球磨子=有罪』という先入観があれば、「白河さんは、いつか球磨子に殺されると脅えていた。あの女には殺意があった」と印象づけることが可能で、それが法廷において有罪の証拠になってしまう、という危うさである。

次に、白河福太郎と鬼塚球磨子の乗った車が埠頭を突っ走るのを電話ボックスの中から目撃した男性が登場する。彼は許嫁者と電話中であったが、車を運転していたのは鬼塚球磨子で、彼女が故意に海に飛び込み、白河福太郎を殺害した……という前提で供述している。

しかし、「夜間」「強雨」「ハレーション」という条件から、佐原弁護士は供述の曖昧さを指摘する。

弁護士 あなたの関心はもっぱら(許嫁者との)会話に置かれていた。そのために通過する車の助手席にいた人物を一応は目撃はしたけれど、注意力が集中せず、いわば上の空で見たという程度ではなかったですか。

証人 いま思い返してみると、そういうところはあります。

弁護士 その心理状態から助手席の人物の顔も服装もはっきり見ずに、男のようだったという印象だけになったのではありませんか。

証人 云われてみると、そういう点はあります。

弁護士 あなたは七月二十一日夜に起こったA号岸壁からの転落事故を新聞で読みましたか。

証人 二十二日の朝刊で読みました。

弁護士 そしてその後に、この被告人席にいる鬼塚球磨子が運転し、死亡した白河福太郎が助手席にいたという推定による新聞記事や週刊誌の記事を読みましたか。

証人 読みました。

弁護士 あなたはそれらの記事の影響によって、助手席にいたのが「男性のようだった」という印象になったのではありませんか。

証人 そういう一面のあることを否定しません。

つまり、誰の証言にも「印象」が影響し、それが100%真実とは言い切れないのが疑惑の恐ろしさだ。

たとえば、痴漢えん罪で、女子高生は「このおじさんが触った」という。彼女の両隣に居たのが、「真面目なイケメン」と「キモそうなおじさん」なら、女子高生の印象はどうしたって「キモそうなおじさん」に傾く。どこをどう触られたのか、という話になると、彼女自身も記憶が曖昧になり、事実と異なる証言も出てくる恐れがある(本当は右のお尻を触られたのに、「左だった」みたいな話)。そして、それを100%真実と証明する手立てはどこにも無く、ひとたび冤罪が確定すれば、潔白を証明するのは容易ではない。

まして世間が一斉に疑惑の目を向ければ、理性のある人でも、男性を女性と思い込んだり、「白」に見えたものを「グレー」と言い張ったりする。

私も冤罪事件の詳細は分からないが、実際、こうした曖昧な証言で有罪に傾くことはあるのだろう。

そして、その片棒を担いでいるのが、スキャンダル大好きなマスコミやSNSだとしたら、我々はどのような事実に対しても、もう少し慎重になるべきだろう。

世間の決めつけは、証人の記憶も歪め、何の関わりもない人の人生をメチャクチャにしてしまうのだから。

※Kindle版より
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松元清張 疑惑

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