生命は道を探し出す スピルバーグの映画『ジュラシック・パーク』

生命は道を探し出す スピルバーグの映画『ジュラシック・パーク』

生命は本当にコントロ―ルできるのか

人間、財と権力を手にすると、何でもコントロールできるように勘違いするらしい。

右と言えば、皆が右を向き、止めろと言えば、皆が一斉に止める。

そういう環境が当たり前であれば、嵐も、相場も、指一本でどうにでもできる――と思い込むのだろう。

インジェン社の経営者で、ハモンド財団の創始者でもあるジョン・ハモンドもその一人だ。

絶海の孤島、イスラ・ヌブラル島に『ジュラシック・パーク』を創設し、世界中から観光客を呼び寄せようと計画している。

琥珀に閉じ込められた古代の蚊の体内から恐竜の血液を採りだし、遺伝子操作によって現代に蘇らせる。それをサファリパークのように放し飼いにし、見世物にしようというのが『ジュラシック・パーク』の趣旨だ。

しかしながら、準備途中でいくつもの問題に直面し、専門家の助言を得るべく、古代生物学の先鋭、アラン・グラント博士を訪ねる。

ハモンドの熱心な要請により、グラント博士は、助手で、恋人でもあるエリー・サトラーを伴い、開演前のジュラシック・パークの視察に訪れる。

視察団には、カオス理論で有名な生物学者、イアン・マルコム博士と、パークの経営に参画し、多大な利益を得ようとする顧問弁護士、ドナルド・ジェナーロの姿もあった。

個性的なマルコム博士を演じるのは、クローネンバーグ監督の『ザ・フライ』で、嫉妬深い天才科学者を演じ、高い評価を得たジェフ・ゴールドブラム。この作品で一気にスターダムに駆け上がった。
ちなみに、彼が黒い服を着ているのは、原作によると、「毎日、何を着ようかと悩むなど時間の無駄だから、黒い服しか持ってない」とのこと。確か、同じ型の黒スーツを六組持っている……と言っていたような覚えがある。今、手元にないので、不確実だが。
ジュラシック・パーク スティーブン・スピルバーグ ジェフ・ゴールドブラム

ハモンドの案内で、まずはラボラトリを視察する。

生きたまま琥珀に閉じ込められた蚊の血液袋から、極細の注射針で恐竜の血液を抜き取り、カエルの遺伝子を使って、完全な形に補う。

ジュラシック・パーク スティーブン・スピルバーグ

最先端の技術に、グラント博士らは視察の責務も忘れて心をときめかせるが。

ジュラシック・パーク スティーブン・スピルバーグ

冷静なマルコムは、早くも科学者らの見通しの甘さに警鐘を鳴らす。

園内の恐竜は、染色体の制御により全てメスに統一されている。

「脊椎動物の胚というのは本来、すべてメスなのですが、発生段階の適当な時期に特別なホルモンが作用すればオスになり、それを許さないだけです」と科学者。

だが、マルコムは主張する。

「すべてを管理することは、到底、不可能じゃないか。進化の歴史を見れば分かるように、生命というのは、決して他に押さえ込まれたりはしない。
苦痛を舐め、危険を冒しても、自らの領域を広げていく。それが生命というものだ」

「メスだけで更生されている集団でも、子供ができると?」

研究員が反論すると、マルコムは断言する。

「いや、そういう意味ではなく、生命というのは、何らかの道を探し出す

単純な原生生物が何億年かけて複雑かつ高度な知的生物に進化したように、ここの恐竜たちも、自ずと生き延びる術を得る、という意味だ。

ジュラシック・パーク スティーブン・スピルバーグ

一方、グラント博士も、凶暴なヴェロキ・ラプトルが遺伝子操作で作られていることに不安を覚える。
獰猛な肉食獣で、人間の倍ほどの大きさに育つ恐竜を本当にコントロールすることができるのか。

ジュラシック・パーク スティーブン・スピルバーグ

だが、ハモンドも、研究者も、ジェナーロ弁護士も、後戻りする気はない。なぜなら、このパークは必ずや莫大な利益を生み出すからだ。

ジュラシック・パーク スティーブン・スピルバーグ

本物の恐竜を一目見た時、ジェナーロ弁護士が口にする「こいつは儲かるぞ」 の言葉に全てが集約されている。
生命だの、自然だの、そんな事はどうでもいい。要は、金になるか、否か。それが一番重要だ。

ジュラシック・パーク スティーブン・スピルバーグ

ハモンドを演じるリチャード・アッテンボローの「Welcom to Jurassic Park」 は映画史に残る名台詞。
単純に「ジュラシック・パークにようこそ」と言ってるだけなのだが、これは80年代、映画の新時代の幕開けを告げる宣言でもある。
CGも、3Dも、今でこそ当たり前の技術だが、当時は画期的だった。
それまでもSFアクション映画は存在したが、いわゆる「本物のセット」が使われ、怪獣はミニチュア、建物はハリボテ、というような『実体』が存在した。
だが、ジュラシック・パーク以降は異なる。
この作品で、いよいよCG合成が本格化し、ミニチュアやセットを作らなくても、高度な合成技術によってファンタジーを映像化するのが可能になった。
その後に続く『マトリックス』でCG化の頂点を極め、『アバター』で更なる発展を遂げたのは言うまでもない。
つまり、この台詞の意味するところは、『映像の新時代にようこそ』なのだ。

ジュラシック・パーク スティーブン・スピルバーグ

その日の晩餐でハモンドは皆の意見を求めるが、マルコムの見方は変わらない。

「ここに並べ立てられている、自然への謙虚さの欠如にはめまいがする。
遺伝子というのは、この地球上で最も驚異的な存在であるはずだ。
それなのに、あんたらはオモチャのように振り回している。
あんたらが使ってきた科学力の問題点は、その気になれば、誰でも使えるということだ。
あんたらは他人が書いたものを読んで、次へ進んだだけだ。
自力で得た知識じゃないから、それに対する責任感も、ゼロだ。
天才たちの肩に乗っかって、何を作ってるのか、認識もせずに、ただ完成を急いだ。

その一部を切り取って、きれいに包装し、弁当箱に貼り付けて、がんがん売りつけるだけだ。
できるかどうかという事に心を奪われて、すべきかどうかは考えなかった」

「コンドルはどうだ。今、絶滅の危機に瀕している。もし、わしがこの島で作っているのが恐竜でなくてコンドルなら、君も文句は言わないはずだ」

「コンドルは森林伐採やダム建設が原因で危機に瀕している。絶滅の意味が違う。恐竜たちは誰のせいでもない。自然界の摂理によって滅びたんだ」

「なんという反進歩的な態度だ。とても科学者とは思えんよ。発見の糸口を掴みながら、何の行動も起こさずにいるなどできるかね」

「発見のどこが偉いんだ。あんたがやってるのは、探求の対象をいたずらに傷つけるだけの、いわば自然界のレイプだ」

ジュラシック・パーク スティーブン・スピルバーグ

そして、いよいよ、一行はジュラシック・パークの園内視察に出掛ける。

この門構えも流行りましたね。ポーランドにも似たようなコンセプトのパークがあちこちにございます。ロゴまで従姉妹のようで。
きっと世界中の地方に似たようなものが存在すると思われ..。
まともに著作権について取り沙汰したら、いずこも賠償金で破綻しますから、権利者も(しょーがねーなぁ)でお目こぼしなのかも。
ミッキーマウスを模した「ミッシュ・アイスクリーム」というのもあります。ミッシュはネズミの意味で、ミッキーじゃないからセーフらしい。ほんまか??
ジュラシック・パーク スティーブン・スピルバーグ

ユラパーク

Tyranozaur (Tyrannosaurus) - JuraPark Baltow (3)
恐竜もちゃんといる

最先端の技術を駆使したサファリカーの中で、マルコム博士はコップの水を使って、エリーに『カオス理論』について説明する。

「バタフライ効果さ。北京で蝶々が飛べば、セントラルパークで雨が降るというやつだ。原因は微妙な変化さ。結果に絶大な影響を及ぼす」

手の向き、皮膚の皺、様々な微妙な違いによって、水はその都度、異なる方向に流れる。

このジュラシック・パークも高度な技術によって完全にコントロールされているように見えるが、微妙な変化によって、思いがけない方向に流れると示唆するわけだ。

ジュラシック・パーク スティーブン・スピルバーグ

「微妙な変化」とは、待遇に不満を持つシステムエンジニアのデニス・ネドリーのことだ。ネドリーはライバル会社に恐竜の胚の密売を持ちかけられ、わざとシステムエラーを起こして、冷凍庫から胚を持ち出そうとする。

ジュラシック・パーク スティーブン・スピルバーグ

そして、第二の変化。すぐそこまで暴風雨が迫っており、ネドリーの計画は自動車事故であっけなく破綻する。

ジュラシック・パーク スティーブン・スピルバーグ

人的な問題もあった。古代植物にういて正確な知識を持たない者が、恐竜にとっての毒草を育て、草食動物のトリケラトプスが瀕死の重傷に喘いでいた。

ジュラシック・パーク スティーブン・スピルバーグ

ネドリーが引き起こしたシステムラーによって、園内の重要な電源がストップし、恐竜たちを囲っていた電気フェンスも無効化する。
まさに野生と化した園内に取り残された一行は、凶暴なティラノザウルスのエリアで立ち往生し、ついに弁護士が餌食となる。

強欲な弁護士が頭からぱっくり食われ、溜飲を下げたアメリカの観客も多かったのでは?
我先に逃げ出して、子供を見捨て、損得勘定ばかりしている利己主義な人間は、こうして報いを受けるのよ。

ジュラシック・パーク スティーブン・スピルバーグ

命からがらティラノザウルスから逃げ出したグラント博士と子供たちは、森の中で、恐竜の卵を見つける。

メスばかりで繁殖しないはずが、彼らは自然に遺伝子変異し、子孫を残せるようになっていたのだ。

「ここの恐竜は両生類なんだ。遺伝子配列の欠損を補う為にカエルのDNAを使ったって。恐竜の遺伝暗号を変異させて、カエルのと混ぜたはずだ。西アフリカ産のカエルには、同性しかいない環境だと、性転換する種類がいるんだよ。マルコムの言うとおりだ。生命は道を探し出す

このあたりは、マイケル・クライトンの原作に詳しく解説がなされています。興味のある方はぜひご一読を。

ジュラシック・パーク スティーブン・スピルバーグ

まさに『生命は道を探し出す』。

今は小さな足跡だが、時を経て、巨大な潮流となる。

生命とはそれほどに強く、たくましい。

ジュラシック・パーク スティーブン・スピルバーグ

かくして、園内はパニック状態となり、『コントロールできる』と思い込んでいた科学者も、ハモンドも、命からがら島から逃げ出すことになる。

壮大な計画も失敗に終わり、茫然と琥珀の中の蚊を見つめるハモンド。遺伝子操作は遠い夢なのか、それとも何かを間違えただけなのか。

一方、子供嫌いのグラント博士は、逃避行のうちに心を通わせ、安堵の中で帰路につく。
本物の恐竜とは失ったが、大事なものは手の中に残った……という演出が、いかにもスティーブン・スピルバーグらしい。

ジュラシック・パーク スティーブン・スピルバーグ

生命は道を見出す

映画の吹替では、「生命は道を探し出す」だが、原作の訳文では「生命は道を見出す」だったような気がする。もっとも本が手元に無いので、うろ覚えになるけども。

何にせよ、この作品の主旨は、生命の力強さと人間の傲慢さだ。

人間は完璧なコントロールを目指し、不可能を可能にしようとするが、それに伴う弊害まで深く考えようとしない。

どんな技術にも必ず負の側面はあり、公害病、ネトゲ廃人、アレルギー、大量殺戮と、枚挙にいとまがない。

その責任は作りだした側にあるのか、利用した側にあるのか、明確な線引きも無いまま、「儲かる」となれば何でも見切り発車でリリースされ、その弊害を負うのは、いつでもユーザーの側であり、社会全体である。

ユーザーの一人一人が自覚をもち、事前にしっかり調べて……という意見もあるだろうが、日常的に使う物すべてについて、素人が丹念に調べ上げることなど事実上不可能だし、その為の規格、その為の安全マークであって、それすらもデタラメとなれば、こちらは何を信じて判断すればいいのか。今は大手メーカーの品質保証さえ、うっかり信用できない時代でもある。

中でも、遺伝子というのは、まさに神の領域だ。

まるで人形をこしらえるように、容姿も、能力も、人格さえも優れたデザイナーズベビーを自在に作りだせるようになれば、人の意識も大きく変わるだろうし、病気や老化によって傷んだ臓器をいつでも取り替え可能になれば、寿命だって著しく伸びるかもしれない。

その技術は病気などで苦しむ人々にとっては福音かもしれないが、一方で、倫理的な問題も含んでおり、いまだ明確な答えは出されていない。それでも技術が確立され、実用可能になれば、倫理は後回しで市場に出回るだろうし、その後に問題が生じても、是か非かの論議が延々と繰り返されるだけで、これといった結論もないまま、ずるずる続いていくのが今の世の中と思う。

そして、実用化された技術について、多くの人は弊害を疑いもしないが、それが今後も何の影響も及ぼさないなど、誰が言い切れるだろう。

マルコム博士の説く『バタフライ効果』(「風が吹いたら、桶屋が儲かる」とは異なる)のように、人間の小さなミスが大きな悲劇を引き起こすこともある。

自然――とりわけ生命に対する技術の介入は微妙で、リスクの高いものだ。

薬一つとっても、100パーセント、メリットだけで構成されたものはない。

打ち身によく効くシップ薬も、人によってはかぶれや痒みを引き起こすし、頭痛に欠かせない錠剤も、長期使用すれば、胃炎や発疹、依存症など様々な問題を呈する恐れがある。発色の美しいアイシャドウも瞼の薄皮をボロボロにすることがあるし、化粧品で荒れた肌を、また別の化粧品で補って、かえって乾燥肌になる人も決して少なくないはずだ。

だが、その注意書きも、外箱や説明書の隅に小さく記されているだけ。美白や鎮痛や体力増強を謳う広告の方がはるかに大きく扱われ、使う側の疑念や不安に十分に応えているとは言いがたい。

遺伝子の技術も決して例外ではなく、動物実験からは想像もつかない事態、あるいは、百年、二百年と蓄積する中で、ようやく目に見えて現れる弊害も存在するだろう。

そのリスクについて、開発や提供する側はどこまで考慮しているのか。そして、その責任は?

マルコム博士が糾弾しているのは、「とりあえず儲かればいい」という発想で一方的に開発を推し進める態度であり、一見、コントロールされているようでも、流れを変える「微妙な変化」はそこかしこに潜んでいる。技術的な落とし穴もあれば、ネドリーみたいな人的要因もあるだろう。その一つ一つについて検証し、不測の事態に備えるのは、事業においては非現実的かもしれないが、それでもやらねばならない。なぜなら、相手は人間であり、生命そのものだからだ。

マルコム博士が言うように、遺伝子とは驚異的な存在である。

人間が車や望遠鏡やコンピュータを作りだす前から、遺伝子はこの地上に存在し、幾度となく惑星規模の危機を生き延びてきた。

恐竜が死に絶えた後も、氷河期も、一部の生命は生きながらえ、多種多様な生物へと進化を遂げてきた。その時間的経緯、地球に限っていえば、40億年である。

一個の物質に過ぎなかったものが、いつ、どのようなきっかけで細胞分裂を始め、子孫を残す手段を獲得したか、それすらも解き明かされていない。

虫眼鏡が電子顕微鏡に、石器が電気メスに置き換わったからといって、人間が万物を操る科学力を手に入れたわけではないし、まして知性や善性において神に追いついた訳でも決してない。

ようやく細胞の中を覗けるようになった段階において、先の先まで安全宣言ができるものなど皆無だし、百年後、二百年後の弊害について責任をとる者など誰もないのである。

遺伝子に限らず、技術開発の失敗によって人類が滅んだとしても、それもまた恐竜と同様、知的生命体に運命づけられた一つの悲劇的結末なのかもしれない。

だが、そんな超然とした態度で運命を受け入れても、誰も幸せにならないし、この大宇宙の中で、奇跡的に進化するに至った恵みをそんな風に片付けていいのか、という自省もある。

どんな生命も道を見出す。

それは最高の知能と細心の注意によって生み出された遺伝子技術も変わりない。

40億年かけて驚異的な進化を遂げた塩基の塊が、将来、人間に致命的な影響を与えかねないと、誰が言い切れるだろうか。

アイテム

これ、グラント博士の吹替が富山敬さんで、声を聞くだけで泣けるんですよね。
ティラノザウルスに追いかけられる場面も、まるでヤッターマンを観ているようで、「ほぅら、メカのもとだ!」「解説しよう」というナレーションが聞こえてきそう。
おまけにジョン・ハモンドは永井一郎、マルコムは大塚芳忠、といった、そうそうたる顔ぶれで、声優の演技を聞くだけでも価値があります。

ティラノがやって来る場面、恐竜の足音に合わせてコップの水が揺れる演出とか。

ジュラシック・パーク スティーブン・スピルバーグ

ライトを向けた途端、恐竜の瞳孔がきゅっと縮むリアリティとか。

この頃のスピルバーグが一番好きかも、です。

ジュラシック・パーク スティーブン・スピルバーグ

最初のTV放映の後、購入した原作本。考古学や遺伝子工学の知識が無いと、ちょっと苦しむ箇所もありますが、テンポもよく、訳文もよかったです。
その後、引っ越しで整理してしまったけど、また改めて読みたい一冊です。

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