海は生きとし生けるものの故郷 フランスと海洋科学

2017年9月5日小説

このパートは海洋小説『曙光』(Kindle版)の抜粋です。詳しくは作品詳細タイトル一覧をご参照下さい。

Introduction

大洪水で父を亡くしたヴァルターは母の故国フランスに近いフォンヴィエイユという港町に移り住む。悲しみに暮れる彼の心を癒やしたのは地中海の美しい風景とモナコの海洋博物館だった。優れた海洋学者でもあるアルベール一世の偉業と、愛らしい海の生き物たちに心を動かされたヴァルターに、アンヌ=マリーはフランスの海洋科学の歴史を語って聞かせ、ヴァルターは海への興味をいっそう深める。
だが、気丈に息子を支えてきたアンヌ=マリーもついに心労に倒れ、母子二人の暮らしも立ちゆかなくなる。そんな母子の前に、かつての婚約者、ジャン・ラクロワが現れる。

Quote

Musée océanographique de Monacoは、西暦一九九〇年、モナコ大公で、海洋学者でもあるアルベールⅠ世の命により設立された。地中海に突き出た岩山の先端に、海の青と溶け合うように作られた白亜の建物には、アルベールⅠ世が生涯かけて取り組んだ海洋学研究の集積ともいうべきコレクションが収められている。今では水族館や3Dシアター、インテリジェントホールなども併設され、子供向けの教育イベントや海洋学シンポジウムなど多彩な活動を展開し、観光スポットとしても人気がある。
父親の死後、笑顔もなく、死んだ魚のようにぐったりしていたヴァルターも海洋博物館は非常に気に入ったらしく、アルベールⅠ世が愛用した調査器具や帆船の模型、スチール写真を食い入るように見詰めている。
水族館ではカラフルな魚に目を細め、ふれ合い広場では可愛いカメやヒトデを手に取って、やっと淡い笑みを浮かべた。
海は生きとし生けるもの、すべての故郷よ。生命は海から生まれ、空に、陸に、巣立っていったの。陸に上がった人間が今もこうして海を懐かしむのは、海に暮らした何億年もの記憶を今も留めているからかもしれないわね
その後、ジュール・ヴェルヌの『海底二万海里』を読み聞かせ、フランスで最も愛された赤いニット帽の海洋学者、ジャック=イヴ・クストーの著書『沈黙の世界』にもチャレンジした。
クストーは海洋調査船カリプソ号を建造して世界中の海を渡り、優れた著作やドキュメンタリー映画などを数多く制作した。今のヴァルターには難しい箇所もたくさんあるが、海洋科学で世界の最先端をゆくフランスならではのエスプリがいっぱい詰まっている。ネーデルラントでもドイツでも、ここまで多彩な海の話はなかなかお目にかかれないだけに、息子には新鮮なようだ。
ページを繰りながら「いつか海の底に行ってみたい」とヴァルターが呟く。
「海の底には父さんがいる。冷たい海の底で、俺が探しに来るのを待っている」
「お父さまは世界中のどこにでもいらっしゃるわ。海の魚、星の瞬き、野に咲く花の一つ一つにお父さまの愛がある。あなたが信じる限り、お父さまも永遠に生き続ける」
淋しい日は二人で海岸に出かけ、浜に打ち上げられた二匹の魚のように身を寄せ、思い出を語り合った。寄せては返す波の音を聞きながら、アンヌ=マリーはシャンソンの名曲『La Mer(ラ・メール)』を口ずさむ。

海はあなたの心を揺りかごのようにゆさぶり、
愛の歌で慰めてくれる……。

*

中庭の向こうで五匹の犬が「ワンワン!」と吠え立て、狂ったようにこちらに走ってきた。あっという間に獰猛な犬に取り囲まれ、彼は反射的にその場にしゃがみ込んだ。
アンヌ=マリーが可愛がっていた四匹のジャーマンシェパードはすでに病死し、今は甥っ子、つまりヴァルターにとっての従兄が新しいのを五匹も飼っている。野放図に育てられたせいか、同じジャーマンシェパードでも非常に行儀が悪く、あちこちに糞を垂れ流しては見境なく人に吠えかかった。
彼が為す術なく、子供みたいにうずくまっていると、向こうで見ていた従兄が電子笛を吹き、声を立てて笑った。
「お前がドイツ犬の息子だな。ぼさぼさのキャベツみたいな頭をしてやがる。おい、立てよ、どうした、びびったのか! Un salop!(クソ野郎)」
ドイツ犬。
それは俺の父親のことか?
彼は凝然と従兄の顔を見た。
顔はそこそこに整っているが、小学生みたいに呆けた口をして、とても真っ当な社会人には見えない。おまけにMerdeよりもっと下品な言葉を平気で口にする。同じ粗野でも、ヤンの父親の方がまだ人間味があった。素面に戻ると素直に謝り、機嫌のよい時は彼にも山のようなビターバレン小さな丸いコロッケやフリットフライドポテトをご馳走してくれた。
だが、この従兄は違う。本気で犬をけしかけ、人が怯える様を嘲笑している。
父がよく言っていた。
「この世には道理が通じない相手もいる。どう説明しても、心から語りかけても、耳を貸さない人たちだ。それどころか、君を馬鹿にし、痛めつけ、君が泣いたり苦しんだりする様を嘲笑うかもしれない。そういう相手に出会ったら黙然とやり過ごすことだ。むきになっても、何もいいことはない」
父の教えは一言一句、聖典のように心に刻まれている。
『グンター・フォーゲルもかく語りき』だ。きっと、この犬飼いも道理の通じない人間なのだろう。相手にしてはいけない。
ヴァルターはくるりと踵を返すと、その場を離れた。
「おい、ドイツ犬! ぼさぼさのキャベツ野郎! かかってこいよ! この腰抜け! お前も父親みたいに犬に喰われたいか」
かーっと頭に血が上り、一発お見舞いしたい衝動に駆られたが、グンター・フォーゲルの息子は愚か者を相手に全力で戦うことはしないのだ。
背後で馬鹿犬どもが狂ったように吠え、阿呆面の従兄も犬と一緒になって罵倒しているが、気にするな。こんなことは小学校でも数え切れないほどあった。そんな時はむきになって言い返すのではなく、心の中でこう唱えろと父は教えてくれた。
「父(神)よ、彼らをお赦し下さい。彼らは自分が何をしているのか分かってないのです*30」
まったくその通りだ。無自覚な阿呆ほどたちの悪いものはない。赦すも、赦さぬも、愚物の相手をするほど神も暇ではなかろう。
父の教えを胸に繰り返すうち、ヴァルターは自分の手も足も心臓も、髪の毛一筋さえも、父の精神で出来ていることを実感した。どんな事情で母が出自をごまかし、父が偽りの愛の物語を語って聞かせたのかは分からないが、阿呆面の従兄を見ればその理由も窺い知れる。あんなのが自分の親族と知って、誇りに思う馬鹿はいない。孫が訪ねても、顔も見せない祖父母もしかりだ。
彼は空疎とした庭園を歩きながら、一つの真理を悟った。
父の教えが絶対的に正しいか否かの問題ではない。自分が何を選び、信じるかだ。そして、その答えは天の青さより明白である。ああ、何を不安に思うことがあるだろう。父が言ったことは本当だった。「いつでもお前と共にある」。海の果て、白い雲間、風にそよぐ野の花にさえ、父の教えは生きている。父こそ我が指針。そう信じられることが、自身の最大の資産に思えた。

*

アンヌ=マリーが鞄一つでエクス=アン=プロヴァンスを出た後、ジャン・ラクロワはしばらく独りでいたが、九年前、突然、アパレル業界のアメリカ人女性と結婚して世間を驚かせた。祖父はアメリカの有名ブランドの創業者で、自らもキャンペーンガールを務めたり、ハイティーン向けのスポーツウェアをプロデュースしたり、大変な野心家だ。近年はコンサバティブをテーマにした新感覚のスローファッション・ブランドを立ち上げ、若者から高齢女性まで幅広い支持を得ている。
ジャンが結婚した時、「朝食にクロワッサンとカフェオレをたしなむ男が、なんであんなハンバーガーみたいな女と」と周りは懸念したが、案の定、結婚生活は五年足らずで破綻した。数年、マルセイユとアメリカで別居生活を続けていたが、昨年、ようやく協議離婚が成立し、名実ともに独身に戻ったばかりである。
だが、ジャン・ラクロワは奇妙に口元を歪め、「君は何か勘違いしているよ」と窘めた。
「わたしはそれほどセンチメンタルではない。まして自棄で結婚するほど愚かでもない。その時にはその時の事情がある。それは君も同じだろう。もっとも、君の場合は望んで独りになった訳ではあるまいが」
「……」
「友人として、本気で君の身の上を心配しているんだよ。このままエクス=アン=プロヴァンスの屋敷に居るつもりかね。それとも半病人みたいな息子を抱えて、もう一度、マルセイユの下町で給仕をするか。どちらも良い考えとは思えぬが」
「どのような生き方を選ぼうと私の人生です。自分の選んだ生き方に貴いも卑しいもありません」
「そして、愛する人の忘れ形見を港の倉庫番で終わらせたいのかね」
アンヌ=マリーははっと顔を上げた。
「どれほど地頭がよくても、高等教育を受けるチャンスに恵まれなければ、行き着く果てはみな同じだ。あの子もいずれ貧しさに打ちのめされ、人生を諦める」
「大事なことは私が教えます」
「もちろんだとも。君なら育ちの悪い番犬も皇帝付きの軍用犬に教練できる。あの子もみっちり仕込めば雑貨屋の主人ぐらいにはなるだろう。だが現実を見たまえ。給仕に通わせられる学校などたかが知れている。同級生にドラッグを売るような連中と机を並べて、*31グランゼコールに進学できると思うのか? 高校を出る頃には酒と煙草の味を覚えて、港でたむろするのが目に見えている。そのうち小遣い欲しさに麻薬や人身売買の手助けもするようになるだろう。大学にも行かず、定職にも就かず、昼間から酒をくらって、港をうろつく野犬の仲間入りだ」
「……」
「君が十代の頃より状況は悪くなっている。場所を間違えれば一生台無しだ。教育も幸運も金で買う時代だよ、アンヌ=マリー」 
「お金で買えない教育もあるわ」
「知ってるよ。君の息子を見れば分かる。十四歳にしては道理をわきまえているし、頭もいい。君に似たんだな」
「父親に似たのよ」
「アンヌ。わたしは君を恨んだことは一度もない。相手の男もだ。あの頃、君はまるで赤ん坊だった。大学を出たばかりで、色恋も知らず、旅先で出会った土木技師を白馬の王子さまと見間違えても不思議はない。君の幸福を思えばこそ、わたしも黙っていた。だが、結果はどうだ。家も失い、頼る人もなく、息子は心的外傷で顔付きまでおかしくなってるじゃないか。君はあの子があんな状態になっても、医者にも診せず、愛と根性で治せると思っていたのかね。もう旅は終わったんだ。現実を見なさい。このままでは君もあの子も先が知れている」

Product Notes

海洋科学といえば、日本もよく頑張っていますが、フランスのお家芸ですね。アルベール一世の海洋博物館はモナコですが。


Photo:

Photo : http://goo.gl/E40gMW

Photo:

世界で初めて、マリアナ海溝に到達したトリエステ号しかり。
科学者のオーギュスト・ピカールが設計し、息子のジャック・ピカールと海軍の中尉ドン・ウォルシュが海の最深部にトライしました。
最初の潜航は死にに行く覚悟だったと思います。


パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=209622

ジャック・イブ・クストーの作品はこちら。

沈黙の世界 DVD

ジュール・ヴェルヌは『海底二万里』より、『「八十日間、世界一周』と『十五少年漂流記』の方が面白かった。

La Merはいわずと知れた、シャルル・トレネの名作です。
Mr. ビーン カンヌで大迷惑?! 』のラストシーンから。
誰もがハッピーな気分になる演出です。
この場面だけ見るとギャグだけど、全編を通して見ると、すごく感動します。

La Merもいろんな人が歌っていますが、個人的には、クリームみたいな甘い歌声が好きです。

Bible

「父(神)よ、彼らをお赦し下さい。彼らは自分が何をしているのか分かってないのです」は、磔刑に処せられたイエスの足下で、なおも辱め、嘲る人々に対していわれた言葉です。詳しくは、聖書 新共同訳 新約聖書の『聖ルカ伝』をお読み下さい。

エクス=アン=プロヴァンスに「やんごとなき方々の古城がある」というのは完全にフィクションです。

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Posted by 阿月まり