2018/06/05 改訂版 「親を捨てよ 家を出よう」「大学には行った方がいいの?」「好きなことをして生きるは正解か」を追記

『共産党宣言』労働の本質を理解し、自身も周りも幸せに 人と思想『マルクス』小牧治

『共産党宣言』労働の本質を理解し、自身も周りも幸せに 人と思想『マルクス』小牧治
マルクスの思想の真髄は労働者が資本主義社会における立ち位置を理解し、高い社会意識をもって仕事に取り組むこと。労働者が人として尊重され、各自の能力が社会に活かされる点にある。私たちは日常のささやかな改革を行うことで、自身も周りも幸福にすることができる。それが革命やイデオロギーよりも大切なマルクスの願いである。
この記事は前回の続きです
『賃労働と資本』 自身の立場と権利を理解する 人と思想『マルクス』

※ Googleドキュメントに全体の下書きを掲載しています。こちらの方が見やすいかも。
『人と思想 マルクス』 人は労働を通して社会的存在になる

『共産党宣言』:自らに宣誓。そして、世界へ。

マルクスと言えば『共産党宣言』。
それが全ての共産主義者のバイブルであるように思われているが、1847年にロンドンで開催された共産主義者同盟の第二回大会の後、本部の催促によって書かれた小冊子であり、現代風に喩えれば、庵野 秀明と岡田斗司夫の共著による『新世紀エヴァンゲリオン入門』みたいなものだ。
私もどんな大作かと書店に出掛けてみれば、ぺらっぺらの文庫本で、「これがかの有名な共産党宣言……」と書架の前で呆然とした覚えがある。

刊行された時、マルクスは30歳、エンゲルスは27歳。

こんな若い二人が、その後の世界を変えるような著作を次々に生みだしたのだから、さながら思想界のスティーブ・ジョブズであり、ジェフ・ベソスといったところ。
現代の若者がiPhoneやSNSに飛びつき、グローバル! イノベーション! と一斉に叫びだしたのと同様、当時の労働者層にとっては、私有財産の廃止! 我等に自由と権利を! と叫ぶのが、知的ファッションであり、歴史の必然だったのだと思う。

しかしながら、『共産党宣言』を紐解いてみれば、まずその熱意に圧倒される。
筆の運びに一点の躊躇いもなく、「共産主義思想が世界を変える」と信じて、世界中の労働者に力強く呼びかける様がありありと感じられる。
こういう文章は、権威や人気取りの為に書けるものではない。
思想の是非はともかく、大志と社会的使命感がなければ絶対に出来ないことだ。
それはさながら、長い戦いに向けた自己への宣誓であり、老獪かつ硬直化した世界に対する宣言でもある。
いろいろ差し引いても、パワフルで勤勉な若者だった事実は疑いようがないだろう。

また、同じ思想でも、マルクスが四十代なら、筆運びももう少し慎重になっただろう。
あるいは、妙に分別があって、面白みに欠けたかもしれない。

やはりこの書は20代でないと書けない。

それぐらい、希望と信念に充ちた、素晴らしい『読み物』ではある。

ただ、当時の思想をそっくり現代に持ちこむのは余りにも無理があるし、現代の先進国の庶民の暮らしぶりを見れば、マルクスもエンゲルスも肩をすぼめて苦笑するだろう。
それぐらい人類は学習したし、さらなる機械化、自動化で、人々の暮らしはいっそう便利になった。

だが、そう感じるのは、やはりそこそこの生活レベルを維持しているからであって、一度、転落すれば、三度の食事もままならず、貧困や過労で苦しむ人がいる現実は変わらない。それを自己責任で片付けるのは簡単だが、世の中には、どうあがいても上には行けない人も確実に存在して、古来から続く社会問題は何一つ根本から解決してないのが現状だろう。

では、どうするか……という話になると、これはカエルに下駄を履かせるぐらい難しい。現存する問題が資本主義的なシステムに起因すると分かっても、各部署、各職場、各々で対処して下さいというのが精一杯だろう。何故なら、世の大半は今の社会に馴染んで(賃金や待遇の問題があるにせよ)、革命を起こしてシステムを変えるより、自分も努力して高給取りを目指す方が手っ取り早いと考えるからだ。

それが現代においてはより実際的としても、問題だらけの19世紀、多くの労働者が苦しみ、まともに権利も保護されなかった時代、一心に解決策を考えた人が居た……という事実は、知っておいて損はない。

むしろ「デモも交渉もやるだけ無駄」「嫌なら辞めればいい」という風潮だからこそ、個々の自覚や努力に依るのではなく、社会全体で何ができるかを考えるのが大事ではないだろうか。

『共産党宣言』も、マルクスの思想も、今となっては合点がいかない部分もあるだろうが、
人間の崇高な意思や使命感がどれほどのことを成し遂げるか、若い時分に実感することは、たとえ資本主義社会で戦っていくにせよ、大きなモチベーションとなるはずである。

問題は実践であり、革命であるというマルクスのモットーは、現代の生き方にも通じるものがある。

何事も行動しなければ、一つも変わらない。

まとめ:現代の労働者には学ぶ機会と選択の幅がある

Amazonのレビューにもあったが、

「共産」「Communism」という言葉に対する、世界的なアレルギーというものはすごい。
冷戦崩壊後、一気に資本主義化が進み、壮大な社会実験は完膚なきまでに終わったかに見える。
そしてマルクスは、時代遅れの産物として、社会的に葬られてしまっている。
しかし、今いろいろなことを言っている教授陣、それこそマルクスの影響を受けていない人間はいない。
その思想を読み解くために、マルクスの考えに戻ることは、決して時代遅れの作業ではない。
むしろ、形を変え品を変え、マルクスの思想は根っこで生きている部分が多い。
でなければ、なぜ今のこの時期に「蟹工船」が売れるのだろうか?(ビイハブ氏)

というのは本当にその通りだと思う。

今でも「共産主義」「マルクス」というだけで、味噌もくそも一緒くたにして冷笑あるいは批判する人があるが、その中身を見ても、今まで一度でも歴史書や哲学書と真剣に向き合ったことがあるのかと首をひねりたくなるようなものが多い。何故なら、本当に世界を見通す力があるなら、一つの歴史的思想として理解する部分が大きくなるからだ。

私も旧共産圏に移り住んで、つくづく思うが、第二次大戦後、ソビエトや東欧で行われてきた共産主義政策は、若きマルクスやエンゲルスが目指した理想とはあまりに違いすぎる。
それはバイブルが間違いというより、欲望に憑かれた人間が政治や産業に携われば、どんな理念もねじ曲がるし、神にも仏にも人間の性向は変えられない、といったところ。
そして、これからの時代は、政治・社会思想よりも、技術や情報にいっそう左右され、利害による結びつきが強くなるだろう。この流れがどこに至るかは分からないが、少なくとも、無権利時代に逆行することはないと思う。私たちは世界中で起きている様々な問題を瞬時にシェアし、共に考える手段を持ったからだ。

だとしても、一度はマルクスを読むべき理由というのは、何度も繰り返すように、労働者の置かれた立場を知り、労働の本質を理解し、自身も周りも幸福になる道を模索する為である。
何も知らなければ酷使されるままだし、逆に自分自身が同じ労働者を搾取するかもしれない。
雇う側、雇われる側、どちらに立っても、無知は人を不幸にし、社会全体から活気や慈愛を奪っていく。

人は労働を通して社会的存在になるの言葉通り、私たちはこの社会で役に立ち、自身の実力を認められて初めて、生きるにふさわしい自尊心を得ることができる。

それが資本主義であれ、共産主義であれ、労働者一人一人が社会に対する認識を高め、業務内容を見直したり、皆で助け合ったり、ささやかな革命を実践することが、マルクスの願いではないだろうか。

書籍案内

大正生まれの文学博士・小牧治氏による、思い入れたっぷりのマルクス入門編。
ごりごりと思想を押しつけるのではなく、なぜ共産主義が生まれるに至ったかを分かりやすく解説。
19世紀の実状や欧州の思潮の把握にも役立ちます。Kindle版もあり。

「今日までのあらゆる社会の歴史は階級闘争の歴史である」という有名な句に始まるこの宣言は、階級闘争におけるプロレタリアートの役割を明らかにしたマルクス主義の基本文献。

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