曙光 Morgenrood

第1章 運命と意思

-ローエングリン-

これが生だったのか 生きる悦びと自己肯定

Introduction

グンターは息子と楽しくお喋りできるのを心待ちにしていたが、幼稚園の教諭から聞かされたのは『場面緘黙症』『学習障害』という衝撃の事実だった。息子の言葉の問題を直そうと、グンターは必死になるが、まったく改善する気配がない。
そんな折り、職場の同僚に紹介されたスピーチセラピーの先生と面談し、自身の誤りに気付く。

幾多の問題を克服し、ヴァルターも普通の子と同じように学校生活を楽しんでいるかに見えたが、そんな息子の口から聞かされたのは「死にたい」の一言だった。

途方に暮れるグンターに、母は『ツァラトゥストラ』の一説を語って聞かせる。言葉の能力がどうあれ、大切なのは自己肯定の気持ちだと。真理に目覚めたグンターは息子に『これが生だったのか。よし、それならもう一度!』という永劫回帰を教えようとするが、ヴァルターには難しすぎて分からない。だが、グンターは諦めることなく、息子に『生の哲学』を説き続ける。

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Quote

*

『子供が舌っ足らずで喋るのは自然なこと』。
 小学校に上がる頃には自然に治ると信じていただけに、突然「構音障害」だの「緘黙症」だの言われ、グンターのショックは計り知れない。アンヌ=マリーも「四歳で『障害』なんて早急だわ。それに緘黙症というのも、内気なだけじゃないかしら」と教諭の指摘にも懐疑的だ。
 別の幼稚園教諭にも事情を聞いてみたが、やはり言うことは同じで、
「数ヶ月前から、お友達や先生が話しかけてもいっさい返事しなくなり、私たちも対応に困っているのです。こちらの言うことは理解しているようですが、黙って首を振るだけで、Ja(ヤー)(はい)とNee(ネー)(いいえ)さえ口にしません」
「でも、隣の三姉妹とは仲良く遊んでいるし、カールスルーエの祖父母ともビデオチャットで楽しくお喋りするんですよ。それなのに障害など……」
「ですから、選択的に話さないのです。幼稚園、見知らぬ人、初めての場所、相手によって言葉が出なくなってしまうのです。同じ問題を抱えた子供は珍しくありません。このままだと就学に差し支えるかもしれませんから、一度、専門家に相談なさって下さい」
 さーっと血の気が引き、目の前が真っ暗になった。
 やはり四カ国語の環境が間違いだったのか、それとも先天的に問題があるのか、嫌な考えが浮かんでは消える。
 とにもかくにも児童相談所に連れて行き、大病院の耳鼻咽喉科でも見てもらったが、
「今の段階で構音障害というのも微妙ですね。耳も、喉も、器質的に悪いところは見当たりませんし、緘黙症も実際の現場を見てみないと、どの程度かわかりません」
 白とも黒ともつかない答えだ。
「ヴァルター、いったいどうしたんだい? 何か嫌なことでもあったのかい? 怒らないから、何でも話してくれないか」
「……」
「Licht(リヒト)って言ってごらん。Wycht(ウィート)じゃない、Li ch tだよ。ゆっくり、緊張しないで。……そうそう、その調子」
 やさしく問いかけ、発音の練習もしてみるが、ヴァルターはぶんぶんと首を振り、しまいには逃げ出してしまう。
「あなた、あまり神経質にならないで。まだほんの四歳よ。大人になれば自然に良くなるわ」
 アンヌ=マリーは宥めるが、グンターは気が気でなく、息子が発する一言一句に耳を尖らせてしまう。一生直らないのか、勉強はできるのか、もし社会から落伍するようなことになれば、どう責任をとればいいのか、不安は募るばかりだ。
 事情を知らない人には「四カ国語なんて過酷な環境で育てるから」「言語教育を急ぎ過ぎたんじゃないか」と言われ、親としての自信も揺らぐ。
(何とかしなければ)の一心で、あちこちの専門医、相談所、セラピストを訪ね歩き、良い評判を聞けば国境を越えても診てもらったが、状況は悪くなる一方だ。しまいには診察室で固く口を閉ざすようになり、「これじゃあ、診察もできないよ」と何百ユーロもの診察代と交通費がふいになったこともある。
「あなた、落ち着いて。あまり連れ回したら、あの子だって疲れてしまうわ。どこも悪くないのは、あなた自身が一番よく分かっているじゃないの。あの子を信じましょう。学校に上がる頃には嘘みたいによくなるわ」
 アンヌ=マリーも励ますが、
「父親として出来る限りのことをしたいんだ」
 グンターは焦りと責任感で自分自身もがんじがらめになっていく。

*

「泣かないで、父さん。俺、うんといい子になるよ。だから泣かないで」
と優しい声で言った。
 ふと顔を挙げると、自分にそっくりな顔が心配そうにグンターの顔を覗き込んでいる。
 碧い瞳が天使のように愛らしく、親の短気も間違いも包み込むような優しさだ。
 父親と目が合うと、ヴァルターは再び彼の首をぎゅっと抱きしめ、「泣かないで、父さん。泣かないで」と繰り返した。
 息子の可愛い声を聞くうち、グンターも我に返り、ヴァルターの小さな身体を掻き抱くと、「ごめん、ヴァルター。ごめん」と胸を震わせた。
 自分はこんなちっぽけな人間だったのか。我が子を思いやるどころか、事情も分からぬ幼子を怒鳴りつけ、逆に子供に慰められている。生まれた時は、こんなじゃなかった。大切にすると誓ったあの気持ちはどこに行ったのか。
 そんな父親の肩を抱きしめ、ヴァルターは「Ich liebe dich, Vater.(大好きだよ、父さん)」と耳元で囁く。
 相変わらず鼻に詰まったような声だが、それはこの世で一番尊い響きに感じた。
 LがWのように聞こえるからといって、何だというのだろう。
 アルファベットが読めなくても、息子はこんなにも美しい言葉を知っているではないか。
 グンターも息子の身体を力いっぱい抱きしめ(僕がこの子を信じなかったら、誰がこの子を信じてくれるんだ)と誓いを新たにした。

 これからも周りに誤解され、孤独にさいなまれる日もあるだろう。
 だが、僕だけはどんな時もこの子の側に居る。
 たとえ世間に馬鹿にされ、低能児扱いされても、僕はこの子の優しさや四カ国語を聞き分ける頭の良さを信じる。いつか海の底から朝日が立ち上るように、この子の能力が開花する日も来るはずだ。

*

「それじゃあ、ヴァルター、先生はこれからお父さまと話をするから、あなたはセラピストのゲルダ先生と教室を見学してくれる? みんなでジェスチャーゲームをするの。楽しいわよ」
 ヴァルターが若い女性セラピストに手を引かれて、廊下の突き当たりの教室に行ってしまうと、グンターは何度も目を瞬いた。
「一体、どんな魔法を使ったんです? あの子はドクターやセラピストが大の苦手なのに……」
「ですから、シュテファン・マイアー選手のサインが効いたのですわ。もちろん、その子によりけりですけど」
 先生は微苦笑を浮かべた。それからグンターを自身の執務室に案内し、改めてソファセットに向かい合った。
「率直に言いましょう。一番の問題は軽度のディスレクシアです。構音障害や緘黙症はそこまで深刻な問題ではありません」
「ディスレクシア?」
「つまり、読み書きが極端に苦手なのです。脳の中枢神経の問題と言われていますが、いまだに決定的な原因や治療法は分かっていません。それに加えて軽度の構音障害があり、他人と話すのに極度に緊張したり、何度もつっかえたりして、ついにはコミュニケーションそのものを止めてしまうのです。それが傍目には自閉的な子供に映るのですわ」
「やはり四カ国語の環境が負担なのでしょうか……」
それはあくまで誘因の一つです。言葉の問題に『これ』という明確な理由はありません。先天的な器質障害や持って生まれた性質、家庭環境、学校でのイジメや教師の叱責など、いろんな原因が重なって、その子特有の症状に現れるのです。たとえば構音障害から対人恐怖症を引き起こしたり、些細な言い間違いをクラスメートにからかわれるうちに本当に吃音になってしまったり。だからといって、言語能力やコミュニケーション力が著しく劣っているわけではありません。子供だって、頭の中では、相手の話している内容や自分の言いたいことをちゃんと理解しています。でも、恐れや緊張、劣等感など、様々な理由から、普通の子と同じように喋ったり、意思表示するのが難しくなるのです
「それは一生直らないのですか?」
「訓練次第で社会生活に支障をきたさない程度の能力は身につきます。けれど読み書きやコミュニケーションに対する苦手意識は一生つきまとうかもしれません」
「一生……」
「そんなに気落ちなさらないで下さい。これは百万人に一人のレアケースではありません。程度の差こそあれ、同様の問題に苦しんでいる方はたくさんおられます。それでも社会的に成功している人も少なくないのですよ、シュテファン・マイアー選手のように」
「マイアー選手が?」
「悪い噂を耳にしたことはありませんか。インタビューしても無愛想で、お高くとまっていると」
「それなら一度、スポーツ誌のゴシップ記事で目にしたことがあります」
「マイアー選手も深刻な吃音を抱えておられます。だからマイクを向けられると反射的に身構え、無愛想な印象を与えてしまうのです。訓練を重ね、普段の会話ではほとんど支障が無いほど回復されていますが、それでも何万の観衆の前で話すのは大変な苦痛です」
「それは知りませんでした……」
 オステルハウト先生はヴァルターに見せたマイアー選手のメッセージ・ビデオを再生した。
 それはマイアー選手が同じ言葉の問題に悩む子供たちの為に制作したもので、子供時代にしどろもどろで喋る姿や、役者の発声練習みたいなトレーニングを繰り返す姿が収められている。最後にマイアー選手は子供たちに「一緒に頑張ろう」とメッセージを伝え、センター前から打ったロングシュートはキーパーの頭上を越えて、鮮やかにゴールに吸い込まれていった。
「あの子の場合、知能や器質に問題があって喋れないのではありません。どこかの過程で、他人と話す恐怖を体験したのです。『友達に鼻詰りのような喋り方を真似される』『自分の喋っていることが周りに正しく理解されない』といった事です。集団生活において辛い経験を繰り返すうち、心の緊張が高まり、ついには特定の人、特定の場所で声を発することすら出来なくなるのです。でも、発音に関しては、今からスピーチ訓練を重ねれば、他人が聞いても気にならないぐらいに改善しますし、コミュニケーションに伴う苦痛が和らげば、友達や先生とも楽しくお話しできるようになります。学校生活を楽しむ余裕ができれば、読み書きにも弾みがつくでしょう。一番大切なのは周りがそれを理解し、子供が自分自身を好きになることです。上手に発音できなくても、読み書きが苦手でも、自信をもって意見を述べ、気持ちを表現することがこの教室の目標です
(そうか)とグンターは納得した。 
 今まで直すことに躍起になってきたが、一生喋りや読み書きに不自由しても、その為にこの子の価値が失われるわけではないのだ。それより他と違うことを恐れず、自分を好きになることの方が何倍も大切だ。
言葉の問題というのは、四肢やその他の障害と同じくらいダメージが大きいものです。なまじ普通に生活できるが為に、『喋れない』『読み書きできない』というだけで、低能や怠け者のレッテルを貼られてしまうのです。それで本人もますます心が萎縮して、本来もっている能力まで損なってしまうのですわ。あの子の場合、理想のモデルはあなたです。あなたのことが好きで好きで、あなたのようになりたいと願っているにもかかわらず、あなたのように流暢に話せず、期待に添うこともできないので、余計で自分を嫌い、自責の念にかられているのです
「そんな……」
「四歳から五歳にかけて、あちこちの相談所や専門医を訪ね歩いた時期がありましたね。その時も、あの子は心の中で悲鳴を上げていたのです。でも、あなたのことが好きだから『イヤ』とは言えなかった。その代わり、ドクターやセラピストの前で固く口を閉ざして、精一杯の自己主張をしていたのです。それにお気付きになりませんでしたか」
 グンターは打ちのめされ、返す言葉もない。
「誰にでも思い違いはありますわ。良かれと思ってしたことが裏目に出ることもあります。ここに来られる親御さんは皆そうです。何とかしたい一心でいろんな教材を与えたり、何人も家庭教師をつけたり。子供より親の方が必死になってしまうのです。でも親に悪気がないのは子供にも分かります。だから余計で辛いのです。幸い、あの子の場合、家庭環境は良好ですし、学びたい意欲も人一倍です。訓練を重ねれば、『L』が『W』に、『F』が『M』聞こえるような構音障害はかなり克服できるでしょう。それに読み書きが苦手でも、今は性能の良いテキスト読み上げツールや音声入力ソフトウェアがあります。実際、そうしたツールを駆使して、ビジネスや芸能で活躍しておられる方も少なくありません。どうぞ希望を持って下さい。あの子なら、きっかけ一つでぐんぐん伸びるはずです」
 グンターはただただ涙を流すばかりだ。
ご自身を責めてはなりません。そんなことをすれば、あの子はますます『自分のせい』と思い込み、閉じこもってしまいます。スピーチ訓練は親の贖罪ではありません。まして子供の義務でもありません。豊かな人生を勝ち得る為の一つの手立てです。この世が生きるに値する楽しい場所だと分かれば、子供自ら取り組むようになるでしょう。シュテファン・マイアー選手のように。さあ、お顔を拭いて下さい。一緒に教室を見に行きましょう。多分、他の子供達とゲームに興じているはずですよ」

*

「父さん。冬の海は何分くらいで死ぬの」
「は?」
「カールスルーエのお祖父ちゃんが『冬山で遭難したら眠るように死ぬ』と言ってた。でも、ネーデルラントには山は無いから、海で死ぬしかない。だけど、俺は泳ぎが得意だから、夏の海では無理だ。死ぬなら、冬の海と決めてるんだ」
「な……何を訳の分からないことを言ってるんだ。死ぬだの、遭難だの、縁起でもない。まったく、カールスルーエのお祖父ちゃんもろくなことを教えない」
「そんなことはない。『オーシャン・プラネット』でもやってる。生き物はいつか死ぬ。だから、俺も冬の海で死ぬんだ」
「馬鹿なことを言うんじゃないよ。人間には人間の生がある。ゾウや魚みたいに死ぬわけじゃない」
「でも、死んだ方がいい」
「なんだって?」
「俺みたいな人間は生きていても仕方ないから、死ぬことにしたんだ。冬の海なら一瞬で凍るだろ」
「ヴァルター。そんな悲しい事を言わないでくれ。お前が死んだら、僕も、お母さんも、カールスルーエのお祖父ちゃんも、とても淋しいよ。死んだら、サッカーの試合も見られないし、お前の大好きなバームクーヘンも食べられない。死んでも楽しいことなど何もありはしないよ」
「でも、死にたい」
「どうして」
「俺は頭が悪いからだ」

*

 数日後、カールスルーエの母がヴァルターの大好きなバームクーヘンやシュネーバルドイツの揚げ菓子をいっぱい送ってくれた。御礼の電話を入れた際、海での出来事を話すと、母がおもむろに言った。
地上に生きることは、甲斐のあることだ。ツァラトゥストラと共にした一日、一つの祭りが、わたしに地を愛することを教えたのだ。『これが――生だったのか』わたしは死に向かって言おう。『よし! それならもう一度』と
 グンターがはっと顔を上げると、母はさらに暗誦を続けた。
おまえたちがかつて『一度』を二度欲したことがあるなら、かつて『おまえはわたしの気に入った、幸福よ、刹那よ、瞬間よ』と言ったことがあるなら、それならおまえたちはいっさいのことの回帰を欲したのだ。おまえたち、永遠な者たちよ、世界を愛せよ、永遠に、また不断に。痛みに向かっても『去れ、しかし帰ってこい』と言え。全ての悦楽は――永遠を欲するからだ
 それから席を立ち、子供部屋の書架から一冊の古びた本を取ってくると、背表紙をカメラに近づけた。
「Also sprach Zarathustraツァラトゥストラはかく語りき*22」
「あなたは最後まで読んだことがなかったでしょう。中学生の頃、最初の数ページを繰っただけで、『僕、こういうの苦手だ。くどくど五月蠅い感じがする』とすぐに書架に戻してしまったから。ワーグナーが好きなら、いつかこの本にも手を伸ばすだろうと期待してたのだけど」
「すっかり忘れてたよ」

--中略--

「僕はどう力づけたらいい?」
「この本に書いてあることを教えてあげればどうかしら。魂の幸福とは、自身を肯定し、生きることを悦ぶ気持ちだと」
「自身を肯定し、生きることを悦ぶ……」
「あなたは以前からあの子の言葉の問題を直そう、直さなければと躍起になっている。もちろん、その努力は理解できるし、訓練次第で改善するのも本当でしょう。でも、直らないからといって、あの子の価値が半減するわけじゃないし、その他の能力まで損なわれるわけでもない。肝心なのは、受入れること。言葉に不自由しようが、周りに誤解されようが、『それでよし!』と思える気持ちでしょう

*

《わたしはあなたがたに超人を教える。人間とは乗り越えられるべきものである》
《人間において偉大な点は、かれらがひとつの橋であって、目的ではないことだ。人間において愛しうる点は、かれが過渡であり、没落であるということである》
《創造――それは苦悩からわれわれを解放する大いなる救いであり、生の軽快化である。だがまだ、創造する者が生まれ出るために、苦悩と多くの変身が必要なのである》
《創造する者とは、人間の目的を打ち立て、大地に意味と未来を与えるものである》
《いまはまだ一切が眠っている、とかれは言った。海も眠っている。海は眠りに酔い、未知の者を見る目つきで、わたしのほうを見ている。しかし、それにもかかわらず、海はあたたかく息づいている。それをわたしは感ずる。わたしはまた海が夢みていることも感ずる。海は夢みながら、堅いしとねの上で身を輾転させているのだ》
《わたしはわたしの目標をめざす。わたしはわたしの道を行く。ためらう者、怠るものをわたしは飛び越そう。こうして私の行路はかれらの没落であるように》

 グンターはいつしか自分自身が夢中になっていた。学生時代、なぜこの本に見向きもしなかったのか不思議なくらいだ。
「生を肯定する」
 このシンプルな諦観が、人によっては何故こうも難しいのか。
 人は誰でも自分が好きで、自分第一という印象があるが、自分を好きであることと肯定は違う。肯定は、自分自身にとどまらず、この世の全てを包括した生の賛歌だ。世の中の矛盾も、身を切るような不運も、ありのままを受け入れ、自らの生を愛する。
 生きることを肯定できなければ、何を得ても虚しいし、世界には憎しみしか感じない。能力や財産に恵まれても、努力は空回りし、何をやっても満足することはないだろう。
 逆に、どれほど劣っても、思う通りに生きられなくても、心の底から『これが生だったのか、よし、それならもう一度!』と思えたら、あらゆる苦悩から解放され、この一瞬を楽しむことができる。
「だから、ヴァルター。皆と違っても、上手く出来ないことがあっても、君が心の底から『これが生だったのか。よし、それならもう一度!』と思えたら、それが本当の魂の幸福なんだよ」
「もう一度、何をするの?」
「生きることだ。永劫回帰(ewig wiederkehren)といって、同じ自分、同じ人生を何度生きてもいいと思えるほどに、この生を愛して悦ぶ気持ちだよ」
「ewig wieder……難しくてわかんないよ」
「じゃあ、こう言おう。Der Ring der Ewigkeit――『永遠の環』だ。たとえば、太陽は海の向こうに沈んでも、また昇って輝きたいと思う。それは太陽である自分自身を悦んでいるからだ。それと同じように、君もこの人生、同じ自分を何度生きてもいいと思えるようになれば、あらゆる苦悩から解放されて、自由になれる」
「俺が何度も生きるの? そんなのイヤだよ、俺、早く死にたいのに」
「そうじゃない、ヴァルター。俺が何度も生きるんじゃない。何度生きてもいいと思えるほど、自らの生を悦ぶという意味だ」
「『悦ぶ』って、どうやって? 毎日、バームクーヘンを食べるの?」
「やっぱり君には難しすぎるかな。じゃあ、こうしよう。これからお父さんの言うことをしっかり頭の片隅にメモするんだ。今は意味が解らなくてもいい。丸ごと暗記して、折に触れ思い出して。そうすれば、いつかきっと人生の助けになる。『グンター・フォーゲルもかく語りき』だ。世界で唯一、君のための哲学書だよ」


Product Notes

永劫回帰にもいろんな解釈がありますが、「これが生だったのか、それなら、よしもう一度」の一言に尽きると思います。
ツァラトゥストラも、最初は暗いトーンで始まって、最後に、この一言に辿り着く過程が素晴らしいんですよね。

ちなみに当該個所の文章は次の通りです。(ツァラトゥストラ (中公文庫) 手塚富雄・訳

第四章 酔歌

そのとき、この長い驚くべき日のうちで最も驚くべきことが起こった。最も醜い人間が、もう一度、そしてこれを最後として、喉を鳴らし、鼻息をしはじめたのだ。そして、ついにかれがそれをことばにして言ったとき、見よ、かれの口からは一つの問いが、まろやかに、清くおどり出た。一つのよい、深い、明るく澄んだ問いであった。それは耳を傾けたすべての者の心を感動させた。
「わたしの友なるすべての人よ」と、最も醜い人は要った。「あなたがたはどう思うか。きょうこの一日に出会ったために──わたしははじめて満足した。今までの全生涯にたいして。

だが、それだけを証言したのでは、まだ十分ではない。地上に生きることは、かいのあることだ。ツァラトゥストラと共にした一日、一つの祭りが、わたしに地を愛することを教えたのだ。『これが──生だったのか』わたしは死に向かって言おう。『よし、それならもう一度!』と。

Gallery

こちらはモデルとなった海の風景です。砂浜が素晴らしく綺麗で、地元では有名なビーチリゾートです。ただし、風が非常に強いので、日本人的な感覚では寒いと感じるかも。カイトサーフィンのメッカです。厳冬期の寒さは筆舌に尽くしがたいでしょうね。子供なら即死だと思います。
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