海は生きとし生けるものの故郷 フランスと海洋科学

海は生きとし生けるものの故郷 フランスと海洋科学

北は北海、南は地中海、風光明媚な海岸線をもつフランス国民にとって、海は芸術のテーマであり、憩いの場であり、食や交易など、様々な恵みをもたらす”偉大な母”だと思います。

欧州で『海』といえば、オランダの商船、スペインの無敵艦隊、イギリスの王立海軍やキャプテン・ドレイクなど、他国のイメージの方が強くて、くるくるカツラのフランス人が軍艦で闘う姿とか想像つかないのですが、今では世界に冠たる海洋国であり、世界で初めてマリアナ海溝に到達したり、ジャック・マイヨールがフリーダイビングで素潜り105メートルの世界記録を達成したり、輝かしいキャリアを有しています。

本作では、父親を水害で無くした後、母に連れられてフランスに向かう設定ですが、最初に移り住むのはモナコ公国のフォンヴィエイユという港町です。

フォンヴィエイユは、ドーデの「風車小屋だより」で知られる小さな町で、国際的な知名度は高くありませんが、モナコに近いこともあり、開発が進んでいる地域です。

特筆すべきは、アルベール一世の偉大な業績である『モナコ国立海洋博物館』がすぐ近くにあることでしょう。私も実際に行ったことはありませんが、学術的な展示物だけでなく、水族館、3Dシアター、ふれあいコーナーなど、様々なアトラクションがあり、地域でも名高い観光スポットになっています。

海に心が慰められるのは、世界中、どんな人も同じかもしれません。

なぜなら、私たちは、昔そこに住んでいたからです。

このパートは海洋小説『曙光』(Kindle版)の抜粋です。
詳しくは作品詳細をご参照下さい。

概要

大洪水で父を亡くしたヴァルターは母の故国フランスに近いフォンヴィエイユという港町に移り住む。悲しみに暮れる彼の心を癒やしたのは地中海の美しい風景とモナコの海洋博物館だった。優れた海洋学者でもあるアルベール一世の偉業と、愛らしい海の生き物たちに心を動かされたヴァルターに、アンヌ=マリーはフランスの海洋科学の歴史を語って聞かせ、ヴァルターは海への興味をいっそう深める。
だが、気丈に息子を支えてきたアンヌ=マリーもついに心労に倒れ、母子二人の暮らしも立ちゆかなくなる。そんな母子の前に、かつての婚約者、ジャン・ラクロワが現れる。

抜粋

海は生きとし生けるもの、すべての故郷

※ 父を亡くしたヴァルターと母のアンヌは旧友の手引きでモナコの港町フォンヴィエイユに移り住む。近所には海洋博物館もあり、ヴァルターにも少し笑顔が戻ってくる。

Musée océanographique de Monacoは、西暦一九九〇年、モナコ大公で、海洋学者でもあるアルベールⅠ世の命により設立された。地中海に突き出た岩山の先端に、海の青と溶け合うように作られた白亜の建物には、アルベールⅠ世が生涯かけて取り組んだ海洋学研究の集積ともいうべきコレクションが収められている。今では水族館や3Dシアター、インテリジェントホールなども併設され、子供向けの教育イベントや海洋学シンポジウムなど多彩な活動を展開し、観光スポットとしても人気がある。

父親の死後、笑顔もなく、死んだ魚のようにぐったりしていたヴァルターも海洋博物館は非常に気に入ったらしく、アルベールⅠ世が愛用した調査器具や帆船の模型、スチール写真を食い入るように見詰めている。

水族館ではカラフルな魚に目を細め、ふれ合い広場では可愛いカメやヒトデを手に取って、やっと淡い笑みを浮かべた。

海は生きとし生けるもの、すべての故郷よ。生命は海から生まれ、空に、陸に、巣立っていったの。陸に上がった人間が今もこうして海
を懐かしむのは、海に暮らした何億年もの記憶を今も留めているからかもしれないわね

その後、ジュール・ヴェルヌの『海底二万海里』を読み聞かせ、フランスで最も愛された赤いニット帽の海洋学者、ジャック=イヴ・クストーの著書『沈黙の世界』にもチャレンジした。

クストーは海洋調査船カリプソ号を建造して世界中の海を渡り、優れた著作やドキュメンタリー映画などを数多く制作した。今のヴァルターには難しい箇所もたくさんあるが、海洋科学で世界の最先端をゆくフランスならではのエスプリがいっぱい詰まっている。ネーデルラントでもドイツでも、ここまで多彩な海の話はなかなかお目にかかれないだけに、息子には新鮮なようだ。

ページを繰りながら「いつか海の底に行ってみたい」とヴァルターが呟く。

海の底には父さんがいる。冷たい海の底で、俺が探しに来るのを待っている

お父さまは世界中のどこにでもいらっしゃるわ。海の魚、星の瞬き、野に咲く花の一つ一つにお父さまの愛がある。あなたが信じる限り、お父さまも永遠に生き続ける

淋しい日は二人で海岸に出かけ、浜に打ち上げられた二匹の魚のように身を寄せ、思い出を語り合った。寄せては返す波の音を聞きながら、アンヌ=マリーはシャンソンの名曲『La Mer(ラ・メール)』を口ずさむ。

海はあなたの心を揺りかごのようにゆさぶり、
愛の歌で慰めてくれる……。

給仕に通わせられる学校などたかが知れている

※ 母子の暮らしはたちまち困窮し、アンヌも精神疲労から倒れるが、かつての婚約者で、裕福な実業家ラクロワ氏に助けられる。

アンヌ=マリーが鞄一つでエクス=アン=プロヴァンスを出た後、ジャン・ラクロワはしばらく独りでいたが、九年前、突然、アパレル業界のアメリカ人女性と結婚して世間を驚かせた。祖父はアメリカの有名ブランドの創業者で、自らもキャンペーンガールを務めたり、ハイティーン向けのスポーツウェアをプロデュースしたり、大変な野心家だ。近年はコンサバティブをテーマにした新感覚のスローファッション・ブランドを立ち上げ、若者から高齢女性まで幅広い支持を得ている。

ジャンが結婚した時、「朝食にクロワッサンとカフェオレをたしなむ男が、なんであんなハンバーガーみたいな女と」と周りは懸念したが、案の定、結婚生活は五年足らずで破綻した。数年、マルセイユとアメリカで別居生活を続けていたが、昨年、ようやく協議離婚が成立し、名実ともに独身に戻ったばかりである。

だが、ジャン・ラクロワは奇妙に口元を歪め、「君は何か勘違いしているよ」と窘めた。

「わたしはそれほどセンチメンタルではない。まして自棄で結婚するほど愚かでもない。その時にはその時の事情がある。それは君も同じだろう。もっとも、君の場合は望んで独りになった訳ではあるまいが」

「……」

「友人として、本気で君の身の上を心配しているんだよ。このままエクス=アン=プロヴァンスの屋敷に居るつもりかね。それとも半病人みたいな息子を抱えて、もう一度、マルセイユの下町で給仕をするか。どちらも良い考えとは思えぬが」

「どのような生き方を選ぼうと私の人生です。自分の選んだ生き方に貴いも卑しいもありません」

「そして、愛する人の忘れ形見を港の倉庫番で終わらせたいのかね」

アンヌ=マリーははっと顔を上げた。

どれほど地頭がよくても、高等教育を受けるチャンスに恵まれなければ、行き着く果てはみな同じだ。あの子もいずれ貧しさに打ちのめされ、人生を諦める

「大事なことは私が教えます」

「もちろんだとも。君なら育ちの悪い番犬も皇帝付きの軍用犬に教練できる。あの子もみっちり仕込めば雑貨屋の主人ぐらいにはなるだろう。だが現実を見たまえ。給仕に通わせられる学校などたかが知れている。同級生にドラッグを売るような連中と机を並べて、グランゼコールに進学できると思うのか? 高校を出る頃には酒と煙草の味を覚えて、港でたむろするのが目に見えている。そのうち小遣い欲しさに麻薬や人身売買の手助けもするようになるだろう。大学にも行かず、定職にも就かず、昼間から酒をくらって、港をうろつく野犬の仲間入りだ」

「……」

「君が十代の頃より状況は悪くなっている。場所を間違えれば一生台無しだ。教育も幸運も金で買う時代だよ、アンヌ=マリー」 

「お金で買えない教育もあるわ」

「知ってるよ。君の息子を見れば分かる。十四歳にしては道理をわきまえているし、頭もいい。君に似たんだな」

「父親に似たのよ」

「アンヌ。わたしは君を恨んだことは一度もない。相手の男もだ。あの頃、君はまるで赤ん坊だった。大学を出たばかりで、色恋も知らず、旅先で出会った土木技師を白馬の王子さまと見間違えても不思議はない。君の幸福を思えばこそ、わたしも黙っていた。だが、結果はどうだ。家も失い、頼る人もなく、息子は心的外傷で顔付きまでおかしくなってるじゃないか。君はあの子があんな状態になっても、医者にも診せず、愛と根性で治せると思っていたのかね。もう旅は終わったんだ。現実を見なさい。このままでは君もあの子も先が知れている

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Product Notes

海洋科学といえば、日本もよく頑張っていますが、フランスのお家芸ですね。

こちらはアルベール一世の海洋博物館です。場所はモナコですが。

公式サイトはこちら → https://www.oceano.mc

モナコ海洋博物館
Photo : http://goo.gl/E40gMW

Photo:

世界で初めて、マリアナ海溝に到達したトリエステ号しかり。
科学者のオーギュスト・ピカールが設計し、息子のジャック・ピカールと海軍の中尉ドン・ウォルシュが海の最深部にトライしました。
最初の潜航は死にに行く覚悟だったと思います。

The bathyscaphe トリエステ
パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=209622

ジャック・イブ・クストーの作品はこちら。

沈黙の世界 DVD

ジュール・ヴェルヌは『海底二万里』より、『「八十日間、世界一周』と『十五少年漂流記』の方が面白かった。

La Merはいわずと知れた、シャルル・トレネの名作です。
Mr. ビーン カンヌで大迷惑?! 』のラストシーンから。
誰もがハッピーな気分になる演出です。
この場面だけ見るとギャグだけど、全編を通して見ると、すごく感動します。

La Merもいろんな人が歌っていますが、個人的には、クリームみたいな甘い歌声が好きです。

聖書の引用から

作中に登場する、「父(神)よ、彼らをお赦し下さい。彼らは自分が何をしているのか分かってないのです」は、磔刑に処せられたイエスの足下で、なおも辱め、嘲る人々に対していわれた言葉です。詳しくは、聖書 新共同訳 新約聖書の『聖ルカ伝』をお読み下さい。

エクス=アン=プロヴァンスに「やんごとなき方々の古城がある」というのは完全にフィクションです。

Kindleストア

上巻の冒頭部を収録した無料版PDFはGoogle Driveにあります。
閲覧は無料です。モバイルでも表示可能。

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