それでも人生はいいものだ 。もう一度生きてもいいと思えるくらい

それでも人生はいいものだ 。もう一度生きてもいいと思えるくらい

海底鉱物資源の採鉱プラットフォームのマネージャーだったダグが、過食症→超肥満→心臓発作という最悪の事態に見舞われ、緊急入院するエピソードです。
完全無人化か、有人潜水艇による目視か 現場の気持ちと経営と』で書いているように、新参者のヴァルターとは喧嘩ばかり。決して良好な関係ではなかったのですが、彼は同じ独り者であるダグの境遇に同情し、病院に見舞いに訪れます。

抜粋

※ 心臓発作で倒れたダグを見舞って

ダグは上を向き、遠い昔に思いを馳せるように目を瞬いた。

「誰だって無難に生きたい。楽して食えるなら、それにこしたことはない。だが、世の中には、それだけで納得できない人間もいる。そして、オレも、オレの父親も、なんだかんだで熱に呑まれた。他にいくらでも生きようがあったのに、結局、あの人と同じようにプラットフォームに人生を捧げちまった。お前、信じられるか? オレは人生の半分以上を工場とプラットフォームで過ごしてきたんだぜ?」

<中略>

ダグは目を赤くしながら、「こんな時、親父が生きてりゃあな」と、ぽつりとこぼした。

その言葉は彼の胸にも突き刺さる。

二〇年後、三〇年後、今は仕事にも困らないが、いずれ体力も衰え、あちこち痛むようになれば、生計を立てることさえままならなくなるだろう。そして、入院しても、誰も見舞いになど来ない……。

ダグはそんな彼の顔をちらと見上げ、
「お前もくだらない意地を張ってないで、いい加減、収まるところに収まればどうだ。オレみたいな醜男ならともかく、お前なら道を歩いてるだけで、いくらでもチャンスがあるだろう」

「そんな単純なものじゃない」

「そうかね。オレがお前なら、今頃こんな暮らしはしてない。可愛い女房と、子供と、余裕があれば庭付きの家でも買って、のんびりビールでも飲んでる。そんな当たり前のことが手に入らない。人間にとって、これほど堪えることはない」

彼もまた十三歳の日に「当たり前の暮らし」が奪われたことを思った。父母が居て、食事があって、明日もまた今日と同じ日が続くと信じてた。

それでも、人生はいいものだ。もう死ぬかもしれないという時に初めて実感した。何も無い、砂漠みたいな所に採鉱プラットフォームを立ち上げ、マクダエル理事長みたいに立派な人の信任を得ることもできた。そして、プラットフォームのマネジメントを任され、絶対不可能と言われた採鉱システムを皆で完成させた。今となっては頼る家族もない、女にも縁が無くて冴えない人生だったが、それでも良かったと思える。これなら、もう一度生きてもいいかな、と思えるくらい」

「気持ちは分かるよ」

「お前も無駄に突っ張るのは止めろよ。オレも三十半ばを過ぎた頃から過食症がひどくなって、あっという間に目も当てられないデブになった。その反動でオレも意気がってたよ。人に舐められまい、見下されまいと。だが、本当の強さというのは、自分の弱さを恥じないことだ。人に弱みを知られても、意気がったり、言い訳しない。雨の日も風の日も、理事長みたいに飄々としているのが理想だ。オレもいよいよ命に関わるほどの肥満になった時、理事長に呼び出されて、いろんな話をした。オレは病気じゃない、絶対に治療は受けないと言い張り、ずいぶん手こずらせたが、最終的に承諾した。本当の強さはそういうものじゃない、ありのままを受け入れることだと痛感した。あれで一皮も二皮も剥けたような気がする。今でも突っ張る性格は変わらんが、それでもあの頃よりましだ。マードックやフーリエとも仲良くやれるようになった」

ダグはふーっと深い息をつくと、
お前も手の中にあるものを大事にしろよ。人間の十年、二十年など、あっという間だぞ
と彼の顔を見た。

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