曙光 Morgenrood

第2章 採鉱プラットフォーム

-ミッション開始-

一つの人生に一つの目的 お前の目的は? 

Introduction

採鉱システムの接続ミッションを完了し、スタッフの感慨もひとしおだ。だが、採鉱事業を指揮したアル・マクダエルだけは、これから起こりうる多難に表情を曇らせ、ヴァルターに『一つの人生、一つの目的』という訓を与える。

そんな中、ヴァルターとリズの想いもいっそう深まり、ぎくしゃくしていた母親との関係も改善しだす。

一方、通信事業者『ステラネット』の社長の娘で、採鉱プラットフォームの通信士でもあるインディラから、リズの置かれた立場とマクダエル一家の暗黒史、絶大な権力をもつファルコン・マイニング社のことを聞く。アルの深い憂愁を知ったヴァルターは次のステージに向けて新たな一歩を踏み出す。

ウェブで公開中のタイトル一覧はこちら


Quote

 リアクターは高さ三メートル、一辺一・八メートルの黄色いメタルフレームから構成され、底部は特殊なコネクターによって水中ポンプと連結されている。また正面と背面には金属製の配電盤が取り付けられ、大小様々なスイッチ、ケーブル、計器が備わっている。  機械の設定はすでにプラットフォームで完了している為、海中で必要な作業は三本のケーブルの繋ぎ替えと、三つのダイヤルスイッチをONにするだけだ。

   

--中略--

 一方、耐圧殻ではリズ以上に不安な顔でエイドリアンがプロテウスのコントローラーを手にしている。
「いいか、さっき説明した通りだ。俺がプロテウスのマニピュレータでクアトロを把持するから、その状態のままプロテウスを定位置に保て。俺が合図したら、すぐに操縦席に着いて、お前はクアトロの操作に専念するんだ。プロテウスが揚鉱管まで十分に接近したら、クアトロのアームをいっぱいに伸ばして、ケーブルを繋ぎ替えろ」
「そんなこと、本当に可能なんですか。下手すればプロテウスごとリアクターに衝突しますよ」
「二メートル近づいたぐらいで衝突するなら、俺はこれまでに百回ぐらい死んでる」
「でも……」
「いいから、クアトロに集中しろ。ちょっとプロテウスの鼻先をぶつけたぐらいで死にはしない」
 ヴァルターはプロテウスをゆっくりクアトロに近づけると、マニピュレータのアームを最大限に伸ばし、海中で右に左に揺れているクアトロのメタルフレームをがっちり掴んだ。 「このまま高電圧リアクターに接近する。ノエ、ルサルカの投光器を配電盤にフォーカスしてくれ」
 ルサルカが少し上昇し、配電盤に光を当てると、黄色いメタルフレームに守られたリアクター本体と、正面に取り付けられた配電盤が見えた。
 配電盤の中央には、蛍光黄の極太ケーブルが一本、一回り細い白ケーブルが二本、ループ状に固定され、ケーブルの先端には十本のピンプラグが備わっている。このピンプラグをリフトポンプ正面の分電盤に差し込み、ダイヤル式スイッチを『OFF』から『ON』に切り替えれば完了だ。
 プロテウスがギリギリいっぱいリアクターに接近すると、
「エイドリアン、操縦席を変われ。クアトロの操作に集中するんだ」
 二人はすみやかに席を入れ替わり、ヴァルターは床に腰を下ろした。
 エイドリアンはクアトロのコンソールに向かうと、マニピュレータの左アームを伸ばし、配電盤の左サイドに取り付けられた取っ手を掴んだ。
「いいぞ。まず最初に蛍光黄のメインケーブルの先端プラグを固定ソケットから取り外し、分電盤に繋ぎ替えろ」
 マードックが指示すると、エイドリアンはメインケーブルの先端プラグを配電盤のソケットから取り外した。プラグは十本ピンの付いた円筒型で、大きさは直径七センチある。
 同時に、ヴァルターはプロテウスの位置を数十センチ下げ、クアトロのアームがリフトポンプの分電盤に届くよう調整した。分電盤にも二十個以上の小さな部品が取り付けられているが、メインケーブルのコンセントは蛍光黄に塗色され、十個の差し込み口があるので分かりやすい。
 エイドリアンがアームをいっぱいに伸ばしてプラグを差し込むと、自動的にロックがかかり、グリーンランプが点灯した。
「よし、いいぞ。次は二本の白ケーブルだ。それぞれプラグの形状が異なるから、差し込み口を誤ることはない。今と同じ要領で落ち着いてやれ」
 マードックが励ますと、ヴァルターは再びプロテウスを僅かに上昇させ、リアクターの配電盤に戻った。
 エイドリアンは先と同じ要領で右側の白ケーブルを取り外すと、リフトポンプの分電盤に差し込もうとしたが、白ケーブルはピンが五つで、プラグも一回り小さい。少し手間取った後、どうにかプラグを挿入すると、「あと一つだ。がんばれ」とヴァルターも励ました。
 再びプロテウスを数十センチほど上昇し、先と同じ要領でクアトロが配電盤の取っ手を掴もうとした時、右上部のスラスタも停止し、機体が右に傾いた。

 

*

「正直、俺は二度と自分から波をかぶるような真似はすまいと思ってた。人ひとりの正義感など嵐の前には何の役にも立たないことを思い知らされ、自暴自棄にもなった。それでもやはり何かを為さずにいない。父が何度生まれ変わっても堤防を守りに戻るように」 「それが自分らしさだ。上手くやれなくても、無目的に生きるよりいいじゃないか。年を取って振り返れば、物事の成否より、自分が何をしてきたかの方が心に残る」

*

 アルが金色のリボンを解き、小さな包みを開けると、中にはジュエリーボックスに収められた高さ十五センチほどの有翼の女神像が入っている。素材は銀色に仕上げたニムロディウム合金で、胸元に親指の頭ほどの青いジュエリーが輝いている。
「あれはサファイア?」
 ヴァルターがフーリエに耳打ちすると、代わりにノエが答えた。
「ニムロディウムの特殊効果だよ。僕も詳しくは知らないが、ある種の原石にニムロディウムを添加して高温で加熱すると、ああいう色合いになるらしい。ルビーやエメラルドも光沢を増す為に放射線やオイルで人工処理を施すだろう。それと同じ原理だ」
 アルはじっと青いジュエリーに見入っていたが、女神像の足下に『per mare per terram*43(海にいようと 陸にいようと)』と刻まれているのを見て取ると、「どうもありがとう」と皆に向き直った。
しばしば口にしてきたことだが、人はみな深海に眠る鉱物と同じだ。誰もが内に大きな可能性を秘めている。だが、それを掘り出すのは自分自身に他ならない。今日まで、わしのビジョンに付いてきてもらったが、明日からは皆さん自身で今後のビジョンを描いてもらいたい。この三〇年、果てしなく感じられたが、振り返ればあっという間だった。その間、辛抱強く自彊(じきよう)し、研鑽を積んで下さった皆さんにはただただ感謝の気持ちしかない。改めて、どうもありがとう。そして、これからは皆さんの時代であるように──

*

 ほとんど人気の無いスチールメッシュの通路を歩き、最初に選鉱プラントに立ち寄ったが、夜間は主要な出入り口に鍵がかかり、関係者以外の立ち入りが制限されている。  選鉱プラントはガラス張り天井の一部だけが甲板上に突出し、主要設備は大半がレベル・マイナス1からマイナス2にかけて設置されている。強化ガラスの天井から見えるのは、黒い箱状の機械と何本ものパイプだけで、選鉱の工程は外側から全く窺い知ることができない。  接続ミッションに携わりながら選鉱や製錬のプロセスを間近で見学できないのは残念だが、採鉱事業の枢要とも言うべき企業機密ゆえ仕方ない。  彼は選鉱プラントから離れると、タワーデリックに向かった。  オペレーションルームは午後十時を過ぎても室内灯が灯り、遠目にもモニターウォールがはっきりと見える。夜間担当は最初の一ヶ月、奥のワーキングブースで仮眠を取りながらオペレーションを監視するようだが、マードックの話では、いずれ五階の管制室で一元管理する方向に進んでいるらしい。  次いでムーンプールに足を向けると、海中深く突き立てられた揚鉱管が目に入った。  直径五十五センチに及ぶ揚鉱管は、潮流や波による衝撃を吸収するライザーテンショナーに支えられ、義旗のように夜空にそびえ立つ。ライザーテンショナーは揚鉱管の上下左右の振動をプラットフォームに伝えないようにする緩衝装置で、ワイヤー・シープを取り付けたピストンとシリンダーから構成される。波力や潮流の影響で、数メートル、時には十数メートルに及ぶ揚鉱管の揺れをピストン作用で吸収し、パイプの破損や変形を防ぐのが目的だ。六本のピストンシリンダーに支持された揚鉱管は、まるで傘の骨組みを引っ繰り返したような形状で、海中から激しく突き上げる衝撃を受け止める様は、人間の技術対自然の巨大なエネルギーという印象だ。

--中略-

 彼が立ち止まると、アルも彼の気配に気付き、こちらを振り向いた。
「昨日はご苦労だったね」
 アルがねぎらうと、彼も表情を和らげ、「やるべき事をやったまでだ」と答えた。
「その割に浮かない顔だが」
「素直に祝福してるよ。皆のことも、あんたのことも。でも、これは俺の本分じゃない。俺は最後のパーツを繋いだだけ、今日の功績はあんたと皆のものだよ。正直、妬けるけど」
「そうか」
「でも、当分潜ることはないだろう。ここのオペレーターは腕がいい。水中機材も無人機も良いものを導入している。調査もメンテナンスも大方は無人機でやれるだろう。フーリエもプロテウスは当分ドック入りだと言っていた。そうなると俺も手持ちぶさただ。だから、次にどうするか考えている。あんたが最初に言ったことだ。『自分で考えろ』と」
「これが学生の休暇なら『ゆっくり考えろ』と言いたいところだが、そういうわけにもいかん。お前には給料を払わないといけないし、こちらで負担している社会保険料もある。かといって、わしの方から、あれこれ指示する気もない。何もすることがないなら、しばらく甲板掃除でもやるか?」
「日銭を稼げるなら何だってやる。俺も生きていかないといけないんでね」
「だが、それでは永久に満足せんだろう」
だから、今考えている。これから何をすればいいのか。自分に何が出来るのか。正直、俺には皆の成功を手放しに喜べない。なぜって、俺は何もしてないからだ。海洋調査も復興ボランティアも全力で打ち込んできたが、それとは少し違うような気がする。皆の役に立っているつもりだったが、突き詰めれば、自分の方しか向いてなかった。だから、やっても、やっても、どこか満たされないような気持ちになるんだろう。それでも、何かせずにいない。自分も生き、周りも活かすような『何か』だ。その時、本当の意味で、『これが生だったのか』という気持ちが分かるような気がする

--中略--

「あんたは、どうしてこんな採鉱プラットフォームを作ろうと思ったんだ? MIGだけで十分、利益も名誉もあるだろうに」 「理由なら数え切れないほどある。お前がしっかと目を見開き、この海を見れば分かることだ」  彼はムーンプールに打ち付ける水しぶきを見詰めるが、この海にどんな理由が秘められているのか、今は想像もつかない。 「ともかく契約が切れるまでは仕事に専念しろ。これほど自由に動き回れる機会もないだろう。『一つの人生に、一つの目的』。考えて、考えて、考え抜いて、人生のテーマを見つけ出せ。それがこの二年の間にお前が本当に為すべき仕事だ」 「目的──」 「そう。目的だ。採鉱システムを作ろう、売り上げを達成しようという『目標』とは違う。もっと根源的な生きる動機だ。我が我たる理由だよ」 「今なら何となくその違いが分かる。コンペに参加したり、深海調査をこなしたり、目の前の目標を達成するのと、自分を生かす道は、多分、別なんだよ。俺の父親は土木技師だったが、事務員でも、船員でも、きっと生き様は同じだっただろう。そういう精神の核を持っていた。だが、俺にはそれは無い。今まで決して無目的にやってきたわけではないが、では生涯かけて何を体現したいのかと問われたら、答えは未だない。『緑の堤防』でもないし、大水深の潜航記録を達成することでもない。その時々の目標はあっても、一貫したテーマが無いんだ。だから、ここでダグやマードックが一心に打ち込んでいる姿を見て、焦りを感じるのだろう。俺もテーマを見つけたい。目先の勲章ではなく、一生誇りに思えるものだ」

Product Notes

作中に登場するレンブラントの名作「嘆きのエレミア」。エレミアに関しては、ネットにも詳しい解説がたくさん出ていますので、興味のある方はぜひご覧になって下さい。 ・16.エレミヤ書9章1-8節『嘆きの歌』鳥井一夫 聖書の部屋
エレミヤの労苦と苦悩 牧師と書斎

レンブラント 嘆きのエレミヤ

夜のプラットフォームも素晴らしくきれいです。本作では「真夏のクリスマスツリー」と表現しています。

近年、注目を集める『紛争メタル Conflict Mineral』。現代文明を形作る稀少金属の多くが第三国で産出され、武装グループの資金源になっている、というものです。日本でも時々、講演会や展示会が催されているので、機会があれば是非。

興味があれば、このあたりの本も読んでおきましょう。鉱業と人間社会の関わりについては次の章で取り上げています。

ルポ 資源大陸アフリカ 暴力が結ぶ貧困と繁栄 (朝日文庫)

ボコ・ハラム:イスラーム国を超えた「史上最悪」のテロ組織

      B! 

Kindle Store

Amazonにて販売中。kinde unlimitedなら読み放題です。