嫉妬と競争心 人間としての誇りはどこへ?

嫉妬と競争心 人間としての誇りはどこへ?

人間にとって一番大事なものは何かと問われたら、「誇り」と答えます。

英語で言えば、Pride ですが、高慢や勝ち気を意味するのではなく、人間としての矜持を表します。

矜持というのは、自分の行動の指針となるものです。

「盗め」「騙せ」と命じられても、人間としての矜持があればやらないし、逆に、誰に命じられなくても、人を助けたり、優しくしたり、できます。

現実社会の損得を超越して、自分自身にYESと言える気持ち――人真似でもなければ、見栄でもない、行動の確かな指針――それが矜持であり、それに準じることをPride=誇りというのだと思います。

本作で、ヒロイン(エリザベス)のライバルとして登場するオリアナは、彼女にとって又従妹にあたる、同年齢の女性です。

ヒロインの父親が、高名なカリスマ経営者で、実家もたいそう裕福なのに対し、オリアナは私生児に生まれ、しかも父親は得体の知れない『マンモン』と呼ばれる闇の投資家です。まともに愛情を注がれることもなく、必死の努力と手腕で鉱山会社の社長の右腕を務めるまでになりました。ところが、どこへ行っても、何をやっても、又従姉のエリザベスと比べられ、一度は愛人に収まった社長にも飽きられ、捨てられてしまいます。

それでも父親から小遣いだけはたっぷりもらえるので、海辺のリゾートでプチセレブな暮らしを愉しみ、あわよくば、彼の恋人に取って代わろうとモーションをかけている最中です。よくあるシチュエーションですね。

何を得ても、どう称されても、いつも苛々して、満たされないのは、行動の指針が自分自身にではなく、「彼女に勝つこと」にあるからでしょう。

美貌と才気に恵まれ、彼とは友情で結ばれながらも、エリザベスに対する嫉妬と競争心から、最後まで素直になることはありませんでした。

自分を誇る気持ちは、決して勝ち負けからは生まれてこないのです。

競争と自尊心 人間としての誇りはどこへ?

父親の財力に依存し、仕事を辞めて暢気に暮らすオリアナは、下心からヴァルターに接近する。彼に会う口実として、「子守ぐらいできる」と申し出るが、逆にヴァルターに諫められる。

「それより仕事を探せよ。何十万と小遣いをもらって楽しいかしれないが、今に暮らしも気持ちも堕落するぞ」

「また説教するのね」

「切実な問題だろう。仕事もせず、社会に参加するわけでもなく、パーティー三昧で一生を終えるつもりか」

「何もしたくないの」

「どうして」

「エリザベスと比べられる」

「またエリザベスか! 周りにどう見られようと、堂々としてればいいじゃないか。君もマイニング・リサーチ社に採用されるほどの能力があるんだ。短所はあっても、心根までは腐ってない。真面目にこつこつ働いておれば、周りも評価してくれるはずだ」

「またそんなお目出度い事を言うのね。あっちはサラブレッドのお姫さま、今は公益財団の代表理事でいらっしゃる。私は所詮、私生児で、それ以上のものでもそれ以下のものでもない。どうあがいても、世間の目は変わらないわ」

「でも、お父さんは有名な投資会社で働いておられるんだろう」

「所詮、雇われ人よ。マクダエルの名前を語ったところで、アルバート大伯父さまみたいに死んでも語り継がれるわけじゃない。皆、札束に頭を下げてるだけ、得体の知れないマンモンに心を許すほど愚かでもないわ

「だが、世の中には、本当の実力や人間性を認めてくれる人もいる。儲け話やコネで近寄ってくるハイエナみたいな連中とは縁を切り、知性も真心もある人間と付き合えばいい」

「あなたって、いまだに人間を信じてるのね。まるで暢気な田舎者みたい。世間なんて、いい加減なものよ。相手がどれほど立派でも、貧乏人やノンキャリは腹の底で見下して、我こそ一番だと思ってる。あなただって分かっているはずよ。どう逆立ちしてもフランシス・メイヤーには敵わない。百万の正論を並べても、巨大資本にバックアップされた一流建築家に勝てるわけがない。反対派がどれほど異議を唱えようと、パラディオンは建設され、ペネロペ湾は空前の投資ブームに沸くでしょう。そして、一攫千金した後は、フナムシみたいにさっと引いていく。その後、アステリアがどうなろうと知ったことじゃない。私たちが生きているのは、そういう世界よ。諦めるか、流されるか、二つに一つなの

だとしても、人間としての誇りはまた別だ。良心に逆らってまで、あっちのルールに迎合しようとは思わない。それに君は『エリザベスみたいに』というけれど、仮に彼女と立場も暮らしも逆転して、全てが手に入ったとして、本当に幸福になれるのか? 彼女の持ち物が本当に人間を幸せにするなら、彼女は今頃、幸福の絶頂で輝いているはずだ。だが、そうじゃない。一時期、満たされたとしても、いずれ心の渇きを覚えるようになる。俺がマルセイユの豪邸で暮らしても、父のない淋しさに耐えられなかったようにね。俺の父はいつも言ってたよ。人間にとって最高の幸福は『これが生だったのか、よし、それならもう一度』と思えることだと。だが、君は否定ばかりだ。自分とまともに向き合おうとせず、エリザベスみたいになれば幸せになれると思い込んでいる。そんな調子で彼女の持ち物を全て手に入れたとしても、今度は別の不満に苦しむさ。あの人の方が綺麗、あの人の方がお金持ち、永遠に心が安らぐことなどない。それより仕事を頑張れよ。もう一度、マイニング・リサーチ社に戻って、資源調査に打ち込んで、『この分野はオリアナが一番だね』と周囲の信用を得る方がどれだけ自分を誇れるかしれない。自分で自分に『よし』と言えるようになれば、彼女がどんな綺麗な服を着ようと、周りにちやほやされようと、気にならなくなる

「また田舎教師みたいなことを言うのね」

「だが真実だろう。自分がやらないことを言い訳するな。まずは仕事を探せよ。週に一、二度でもいいじゃないか。朝から晩まで自分の事だけ考えて、毎日ぶらぶらしてるから、怒りや妬みで消耗するんだ。曲がりなりにもウェストフィリアで海洋調査に取り組んでいた君の方がまだ生き生きしてた」

「本気で言ってるの?」

「俺は世辞は言わない」

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