自分を誇れるように ~存在理由などなくても、とりあえず生きてみる

自分を誇れるように ~存在理由などなくても、とりあえず生きてみる

コンプレックスの強い女の子の話を書くのは面白いです。面白いといっても、ギャハハの面白さではなく、現し身みたいなものです。とりわけ今は『盛る』のが主流ですから、盛るに盛れない、コンプレックスの塊みたいな女の子について書くのが一番嘘がないような気がするんですよ。読んでてホッとするでしょうしね。

この場面は、IT最大手の『ステラネット』にプログラマーとして勤務するパンクな女の子とのやり取りです。学生時代から自作のアプリを販売して、そこそこに実績を積み、PCに関しては学業も優秀であった点がキプリング社長に気に入られ、一流企業に入社するものの、周囲とまったくそりが合わず、面倒見のよいヴァルターに押しつける……という設定です。

考え方も非常に現実的で、どこか坊ちゃんとした彼に対し、「そんな事をして何の意味があるの」と醒めた意見ばかり口にしますが、次第に心を動かされ、最後はちょっと悲しい結末になるわけですが、でも、作中で一番成長するキャラです。

『自分を誇る』と一口に言いますが、出自や能力に強いコンプレックスがあると、そうそう強い気持ちになれません。ゾーイも自分の出自や現在の境遇を恥じ、ITのエリートたちと対等に付き合うことができないタイプです。

そんな彼女に人間的な愛情を示し、役割を与え、「存在理由などなくても、懸命に生きている生物もある」ということを深海調査の実況で見せることで、ゾーイも心を開きます。一人の人間として愛され、好きな人の役に立ったという実感が、彼女に本物の自尊心を与えるのです。

それはまた彼自身の成長の記録でもあり、ゾーイに対する愛情は、自分自身が世話になった人に対する恩返しでもあります。

愛から愛へ、ペイフォワードの物語です。

以下のリンクも併せてご覧下さいね。

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このパートは海洋小説『曙光』(Kindle版)の抜粋です。
詳しくは作品詳細をご参照下さい。

抜粋

自分を誇れるように

※ 一流企業であるステラネットの流儀についていけず、辞めると言い出したゾーイに対して。海沿いのレストランで一緒にランチをとりながら。

「ステラネットを辞めて、クラブの下働き? 馬鹿なことを言うな。そんなことをしたって、先が知れてるじゃないか」

「なんで」

「あんな薄暗い所で皿を洗ったり、床を磨いたり、そんな毎日が本当に心を輝かせると思ってるのか? せっかくプログラムを書く能力があるのに、どうして活かそうとしない?」

「プログラムの書ける人間なんて、この世に掃いて捨てるほどいるわ。それに、業務としてやるより、趣味でアプリパークに出品する方がよっぽど楽しくて手応えがある。ユーザーの反応がダイレクトに返ってくるし、いいものを作れば目に見えて収益に還元されるから」

「それは分かるよ」

第一、苦痛なの。あんな立派なオフィスに居る自分がね。周りはみんな優等生で、自分の立ち位置に何の違和感もない。『ステラネットで働いてる』と口にして得意げになれるのは、それにふさわしい資質を備えているという自負があるからよ。あなたもそんなラフな格好をしてるけど、本質的に自分はそういう場所に似つかわしい人間だと信じてる。だからキプリング社長とも対等に話せるし、ヘボなアイデアでも堂々とプレゼンテーションできるのよ

「『ヘボ』は余計だが、君の言いたいことは分かる」

「いいえ、分かってない。あなたも結局、とても恵まれた人間なのよ。地頭がよくて、容姿も抜群、スキルも出自も申し分ない。そんな人に『その他大勢』の苦しみなんて分かるわけがない

「それは聞き捨てならないな。俺だって少年時代はそれなりに苦労してるよ」

「そういう意味じゃないの。あなたは元々、サラブレッドで、その他大勢はそうじゃないってことよ。たとえば、あなたは自分の両親について聞かれたら、きっと胸を張って答えるはずよ。『お父さんは真面目で優秀なビジネスマン、お母さんは料理が得意で、笑顔の素敵な女性です』。でも、世の中には自分の両親のことさえ話せない人間もいる。適当に話を盛って、誤魔化して、それでやっと人並みになれるの

「俺の父親は十三歳の時に亡くなったよ」

「病気で?」

「決壊寸前の堤防を守りに戻って、高波にさらわれた」

「でも、それを口にする度、あなたは誇りに感じるはずよ」

「……」

悲しい出来事ではあるでしょうけど、あなたにとっては一生の誇り、もし『俺の父親は洪水の時にいち早く逃げ出して、おかげさまで九十九歳まで長生きしました』なんて話なら、父親のことを聞かれる度に恥じ入るはずよ。実際、あなたのお父さんは堤防を守りに戻ったのではなくて、あなたの名誉に命を懸けたんじゃないの。だから、あなたもステラネットで堂々と仕事ができるのよ。本当に名誉も誇りもなくて、親の名が出る度に惨めに感じる人間とは根本から違うわ

ゾーイはくっちゃくっちゃと肉を噛みながら言った。

あなたも本当は幸せな人なのよ。もしかしたら、人並み以上に幸せかもしれない。でも、そうじゃない人間にとって、生命がどうだの、生きる価値だの、そんなことはどうでもいい。虫の世界でも、一匹四十万エルクで取引される珍種もいれば、パチンと叩かれて終わる命もある。叩かれる側にとっては、世界の様相などどうでもいい。どんなに一所懸命に生きても、自分は決して日の当たる場所で栄光に浴することはないと知ってるからよ

だが、彼は、水深数千メートルの海底で出会った生き物を思い浮かべ、「日の当たらない場所で懸命に生きている生命もあるよ」と答えた。

<中略>

「あなたって、やっぱり解ってないのね。自分が何もので、何処から来たというのは、一番根源的な問題よ。親や家族のことを聞かれる度、適当に話を盛って、自分も他人も誤魔化すのがどれほど惨めだと思うの。そう言うと、『君と親は関係ない』なんて知った顔で言う人もあるけれど、親は墓場まで付いてくるわ。悪霊みたいに死ぬまで切り離せない」

「だからといって、君にステラネットで働く資格がない訳ではないだろう。本当にそうなら、キプリング社長だって最初から君を雇ったりしないよ」

「とにかく、合わないものは合わないの。これ以上、耐えられない」

「辛い気持ちも分かるが、俺は時期尚早だと思う。次に行く当てがあるならともかく、ナイトクラブで下働きするぐらいなら留まった方がいい。いやいやでも毎日会社に来て、せめてお金だけでも貯めたらどうだ。そうすれば、次に本当にやりたい事が見つかった時、何かの足しになる」

「いやいやでも会社に来るの?」

「そうだ」

「まるで給料ドロボーみたい」

「ほらね、君だって本当は胸を張って語れるような仕事がしたいんだよ。本物の給料ドロボーは『私はドロボーです』なんて絶対に言わない。適当にやり過ごして、腹の中でペロリと舌を出すだけだ。君はステラネットが求める資質やキャリアを十分理解した上で、それに応えられないから劣等感にさいなまれるんだろう。かといって、今日からお嬢さんファッションに切り替えて、優等生ぶる気持ちもない。だが、そんな自分に一〇〇パーセント都合のいい職場がどこにある? 皆、大なり小なり、不満や不条理を感じながら、日々の糧を稼いでる。君も駄々っ子みたいな事を言ってないで、あと半年でいいから、俺と一緒にオーシャン・ポータルに取り組んでみないか。どうせ辞める気なら、ヘボみたいなアイデアにも付き合えるだろう。それに、君なら中和剤になる。堅苦しいお坊ちゃんの作文になりかけたら、君が女の子らしいユーモアを添えて、楽しい雰囲気に仕上げてくれたらいい」 

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上巻の冒頭部を収録した無料版PDFはGoogle Driveにあります。
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