建築と社会とCivilizasion 人工島の海洋都市と社会の未来図

建築と社会とCivilizasion 人工島の海洋都市と社会の未来図

建築というと、一般には独創的なアートをイメージしますが、本当に優れた建築は個人の得手勝手な作品ではなく、常に人々と共にあるものです。その地に暮らす人、その建物に住む人、人間を無視して、何でも素敵なものを作ればいい……というものではありません。『安藤忠雄の連戦連敗』にも書いているように、優れた作り手は常に人と社会を見つめ、その未来を考えています。数十年先、数百年先まで、社会や人生の礎となる責任があるのです。

本作では、デフォルメされたキャラクターとして、有名建築家のフランシス・メイヤーが登場します。彼のデザインは非常に素晴らしいが、人も社会も見ていません。自分のデザインした建築物によって、町や人々がどうなろうが、知ったことではない。それが自分のキャリアに結びつけばいい、という考えです。

対して、ヴァルターは、決して建築の専門家ではありませんが、本質は理解しています。

そんな彼の支えとなるマックスとエヴァも、人や社会と共に歩む建築を志しています。

絵や音楽と異なり、一度作ってしまったものは、そう簡単に取り消せない。

だからこそ、建築に携わる者は、いっそう公共の福祉、人の幸福といったものに高い見識が必要なのです。

このパートは海洋小説『曙光』(Kindle版)の抜粋です。
詳しくは作品詳細をご参照下さい。

概要

マリン・ユナイテッド社で働く施工管理士のマックスとフリーの建築士エヴァの招きで、ヴァルターはアステリアのもう一つの島、ローランド島を訪れる。平坦なローレンシア島と異なり、島面積の80パーセントが山地で占められ、険しいリアス式海岸で囲まれたローランド島では局所的な観光化が進み、商業施設の建設が急ピッで進んでいた。
西側の拠点、ポートプレミエルに近い住宅地サマーヴィルの自宅でくつろぐ傍ら、マックスはポートプレミエル最大の商業複合施設ハーバータウンと高級リゾートホテルの建設現場を見せ、施工管理の面白さを説く。そのダイナミズムに魅せられる一方、東側のペネロペ湾にもロイヤルボーデン社が進出し、フランシス・メイヤーと組んで、壮麗な海上都市『パラディオン』の建設を画策していることに愕然とする。再建コンペも過去の出来事と割り切り、見て見ぬ振りで通り過ぎようとするが、結局、講演に訪れたメイヤーと鉢合わせ、切っても切れない因縁を実感する。
一方、トリヴィアへの帰還を控えたマクダエル父娘に衝撃の出来事が起きる。二人を助けにきた伯母ダナ・マクダエルから聞かされたのは意外な言葉だった。

抜粋

水上ハウス:奪われる庶民の生活の場

※ ローランド島のエアポートにて:迎えにきたエヴァとの会話

エヴァはからから笑いながら駐車場に案内し、白いファミリータイプの乗用車のトランクを空けた。彼は意外に大きいトランクスペースにアーミーバッグを置くと、助手席に乗り込み、「これ、OPERA(オペラ)だね」と目を細めた。
「そうよ。倹約所帯には一番のおすすめ。燃費もいいし、耐久性もある。町中でも小回りが利くしね」

「俺の父もOPERAが好きだったよ。中古の赤で、十年ぐらい乗っていた」

「堅実なマイホームパパね。あなたを見てると、どんなお父さんか目に浮かぶわ。ハンサムだけど格好には無頓着、毎日判で押したような生活をして、野鴨の親子みたいにいつも家族でくっついてる。余計なことにお金は使わないけど、自分の好きなものには惜しみなく時間とお金を注ぐタイプよ」

「よく分かったね」

建築デザインも要は人間相手のサービス業だからね。一目でどんなタイプが見抜かないと仕事がやりにくいの。クリエイティブな仕事と言われるけど、依頼主のニーズを満たしてなんぼの世界だから。自分の思い通りにやれることの方が少ないわ」

「ローランド島のリゾート開発も似たようなものだろうね」

「そうね。極彩色あり、奇抜なデザインありで、過剰にモダンなのは認めるわ。あなたみたいに吹きさらしの海の近くに育った人には悪趣味にしか映らないでしょう。でも、トリヴィアから来る観光客の多くはこういうのを求めてるの。平凡な日常を忘れさせてくれる、おもちゃ箱のような海洋空間。島全体が夢を売るテーマパークと思えば納得がいくでしょう。でも、派手な建物ばかり作ってるわけじゃないのよ。永住者のための住宅地も開発してるわ。もっとも一般人には高嶺の花だけど」

「じゃあ、短期で働きに来ている人や一般の区民は何処に住んでるんだ?」

「公営の集合住宅やタウンハウスよ。でも戸数が十分とは言えなくて、水上ハウスに済んでいる人も多いわ。コストが安いから」

「水上ハウスって、小型船舶を改装したもの?」

「たとえるなら、水上の箱物ね。工場で生産されたムーバブルハウスを丸ごと沿岸に運んで桟橋で連結するの。海洋リゾートも裏に回ればそんな光景がごろごろしてるわ。私たちは沿岸のタウンハウスに住んでるけど、短期で出稼ぎに来ている人や、金銭的に余裕のない層はたいてい水上ハウスに住んでいるわ。もちろん、水上ハウス=底辺というわけじゃないけど、住環境としては欠点も多いわね。子供や身体の不自由な人、高齢者には桟橋は危険だし、海水による腐食や浸水の恐れもある。火事や倒壊に見舞われたら、脱出できずに命を落とす人もあるでしょう。陸地の住居の方が絶対安全というわけではないけど、危険性は水上ハウスの方がはるかに高いでしょうね」

「改善の余地はないのかい?」

「難しいわね。ローランド島はキュウリみたいに細長い上、八割が山岳でしょう。道路の敷設だけで莫大なコストがかかるし、造成地に向かない箇所も多いわ。にもかかわらず、インフラの整った用地や見晴らしの良い一等地はオフィスや観光、高級住宅に優先されて、一般向けの住宅地は後回し。ローランド島には現在、一時雇いの労働者も含めて三万二千人が居住してるけど、永住者はたったの三割、大半は企業関係の短期滞在者や長期出張者とその家族で仮住まいだから、行政も雇用者も定住を目的とした一般居住地の整備に本腰を入れないのよ。仮住まいの人たちも『二、三年のことだから』と問題視しないしね。でも、アステリアの海洋開発が進めば、ここに永住する人も増えるわけだから、今のままでいいはずがない」

「じゃあ、現在開発中の住宅地というのは……?」

「大半が高級住宅の分譲地よ。もっとも、そこに本当に住宅が建つかどうかは不明だけど」

「どういうこと」

「土地だけ買うのよ、投機目的で。これから土地価はまだまだ上昇するから、今がお買い得というわけ。その上、アステリアは経済特区で様々な優遇制度があるからね。通常、トリヴィアの市民権を持たない者が領内の土地を購入するには不動産取得の制限があるけど、ローランド島はハードルが低いの。不動産の仲介手数料は無料だし、税金も安い。自分が住まなくても、商業物件として人に貸し出すことも可能だし、購入から一年以内に建築着工の義務もない。買うだけ買って遊びが利くから、トリヴィア外部からの投資も非常に多いのね。用地だけが次々に転売される現象も起きているわ。本当に住まいが必要な庶民は住宅不足で困窮してるのに」

「それは改正されないのか?」

「これだけ投資に湧けば、政府も直ぐには規制したがらないわ。問題は知っていても、もう少し様子を見て、その間に儲けようって腹でしょう。不動産や関連株の投機に夢中になってるのは、むしろ政府高官という話よ。ここは属領で、アステリア独自では何一つ決められないから、やりたい放題。政府や企業としてはもっと観光客や富裕層を呼びたいから、当面は今のままでしょう。仮に経済成長が軌道に乗って、一般住宅地の整備に資金が回るようになっても、何年、何十年先の話か。でも、その頃には住民層も二極化して、別の問題を抱えているでしょうね」

建設とは文明そのもの

※ マックスが施工管理する『ハーバーセンター』の工事現場にて

「施工管理の仕事は面白い?」

「面白いとか、面白くないとかの問題じゃない、『やらねばならぬ』の世界だ。一つ一つに莫大な金が掛かってる。設計と違って、いったん施工したものはやり直しが利かないからな。ひと度現場を任されたら図面通りに仕上げるだけだ」

「どうしてこの仕事を?」

「単純な話さ。オレが子供の頃、街の裏手に広大な裸地があった。サッカー場が幾つも作れるほどの空き地だ。それが土地開発の対象になり、あっという間に集合住宅やショッピングセンターが建てられた。わずか数年の間に何百という人が移り住み、一つの町が生まれたんだ。その様をつぶさに見ながら思った。これこそまさにcivilization(シビリゼーシヨン)だと。これだけ大きなプロジェクトを誰がどんな風に管理するかにも興味が湧いた。十五になったら、ほとんど迷わずにその道を行ったよ。まるでブルドーザーに導かれるみたいに」

建築基準の曖昧と水上ハウスの懸念

※ 上述の続き。建設ラッシュに対し、行政の監理が行き届かない事に対して

「問題は、一日も早くデータを揃えて分析し、徹底した建築基準を設けることだ。今のように『なあなあ』では、五年後、十年後、どんな災害が起きるか分からない。水上で漏電でもしてみろ、どんな悲惨なことになるか容易に想像がつくだろう。電気設備に限らず、浄水、防食、建材、杭の打ち方から安全柵の寸法に到るまで、全てにおいて発展途上だ。エヴァが聞いた話では、予算が足りないと浄化装置を取り付けず、生活排水を海中に垂れ流している水上ハウスもあるらしい」

「行政の指導や調査は全く入ってないのか?」

「年に何回かは住宅やメーカーに調査が入ってるらしいが、どこまで詳細に調べているかは分からない。ああいうムーバブルタイプの水上ハウスが登場してから、まだ七年ほどしか経ってないからな。今の建築基準で本当に十年、二十年と持ち堪えるのか、未知数の部分も多い。いずれ海上生活者が倍増すれば、監督機関も重い腰を上げるだろうが、それもいつのことやら。とにかく周りは開発一色だ。十年先、二十年先の事など何も考えてない。一つ一つデータをアーカイブ化して、適宜、分析に回してるのはうちの会社ぐらいだよ」

「アーカイブ化?」

「そうだ。ありとあらゆる問題を画像、ビデオ、テキストなど、いろんな形で記録してアーカイブ化する。今すぐ役に立たないデータでも、長年、蓄積して分析すれば、未来の技術に活かせるというのが、うちの社長のポリシーだ。七年前から現場で義務化されてる。今では関連会社も品質管理の一貫として手法を取り入れているよ」

「見所のある社長だな」

「というより、示唆したのはアル・マクダエル理事長だ。それに社長が賛同して、ノウハウを真似している。『転ばぬ先の杖の杖』らしい。ともかく、オレの現場に案内しよう。まずは目玉のハーバーグランドホテルから。世にリゾートホテルは星の数ほどあるが、魚のいない海と向き合ってるのはここだけだ」

施工管理システムと情報の共有

※ ベテランの施工管理士であるマックスの工事現場とオフィスを訪れ、仕事について尋ねる。

「これだけの規模の建設現場を一元管理するのは大変だろうな」

「馴れたらそうでもない。他の業種と一緒だ。管理部長がいて、各部署の責任者がいて、それぞれが持ち場を指揮しながら縦横の連携を図る。それに今は『CoManager』という高機能な施工管理システムがあるから、たいがいのことはオンラインで解決できる。各部の工程表や進行状況、建設コスト、稼働中の重機や作業員数などがリアルタイムで表示されるので、いちいち現場に問い合わせなくても、パソコン一台で全体の状況が把握できるんだ」

「なるほど」

「それに設計図の変更や細かい部分の修正も、各自が所有するPCやタブレット端末で同時に確認できるし、オンラインでの共同編集やミーティングも可能だ。昔に比べれば信じられないほどマネジメントシステムが進歩している。唯一コントロールできないのは天候ぐらいだ。雨が降ったら、ひたすら止むのを待つしかない。まあ、そこいらが人間の限界というやつさ」

湾岸の開発ラッシュと海洋都市『パラディオン』

※ マックスに連れられ、ローランド島の新たな開発地、ペネロペ湾を眺望しながら

湾の最大幅は十五キロメートル、湾口部は十三キロメートル。

湾内の平均水深は二五メートル、湾外周辺も全体に遠浅で、海底地形もなだらかなことから、島の東岸では真っ先に開発の始まったベイエリアだ。
沿岸ではオフィスや商業施設の建設が勢いよく進み、その半分は既にオープンして、夕闇に華やかな明かりが灯っている。

わけても目を引くのが『スカイタワー』と呼ばれる高層の複合商業施設だ。高さ一二七メートル、地上三十二階、地下一階のメインビルを中心に左右対称の二層の低層ビルが翼のように広がり、一大エリアを形成している。

三つの建物にはオフィス、カンファレンスルーム、イベントホール、ホテル、レジデンス、ショッピングセンター、フィットネスなど様々な商業施設が入居する予定で、既に七割のテナントが売約済だ。

またビルの周辺も豊かなグリーンで囲まれ、噴水広場、イベントステージ、遊歩道など、憩いの場としても申し分ない。また専用マリーナの水路は内側にも延長され、運河のようにエリア全体を取り囲んでいた。

あと数年は開発ラッシュが続くだろう。問題はその後だ。果たして見込み通り金と人が集まるのか。用地でも、エネルギーでも、アステリアの資源は限られている。箱だけ増やして肝心の人が居着かなかったら、あっという間に衰退してゴーストタウンだ。ステラマリスでも類似のケースがあるだろう。優遇政策を追い風に投機的に開発を推し進めたものの、途中で情勢が悪化して、建設途中で開発がストップするケースだ。人も住まず、土地価も暴落して、巨大なスクラップだけが残る」

「どっちに傾くと思う?」

「それはウェストフィリア次第だ。あそこが天然資源の供給地になれば、ペネロペ湾が後援拠点となる。湾の南側にオールインワン型の宇宙空港と工業団地の建設が進んでいるのもその為だ。ウェストフィリアで採掘したものを半加工し、ダイレクトに輸出する」

「オールインワン型?」

「自動車道、係留施設、飛行機の発着場、倉庫などが一体となったシームレスの複合ポートだ。陸海空の輸送ラインを一本化し、コンテナの積み替えや集荷の手間を削減して効率化を図る。積荷の検査や追跡もデータ管理を一元化するので、業者間で無駄なやり取りをする必要がない。間違いや不正の防止にもなる。都市作りを一から設計しなければ出来ないことだ」

「よほど手慣れてないと難しいだろうな。それもマリンユナイテッド社が手がけたのかい?」

「違う。お前が一番よく知ってる人間だ」

彼は弾かれたように顔を上げた。

「そう、フランシス・メイヤーだ。オールインワン・ポートとスカイタワー周辺の都市設計を請け負っている。聞いた話では、数年前からペネロペ湾開発公社に助言を行っているそうだ。ターミナルビルやスカイタワーなど、個々の建物の設計は別のデザイナーが手がけているが、ベイエリア全体の構想はメイヤーのアイデアがベースになっている。いけ好かない奴だが、製造・輸送・管理が一体化したオールインワン・ポートや、水際を活かしたスカイタワー周辺の町作りは流石という他ない。そして今、メイヤーが大手と組んで猛烈にアピールしているのが『パラディオン』だ。ペネロペ湾を埋め立て、直径七キロメートルの円環の海上都市を作り出す。『洋上のヴェニス』だ」

<中略>

「オレは、ある意味、お前がステラマリスを出てきたのは正解だと思ってる。今もステラマリスに居たら、再びフェールダムに舞い戻り、工事のゴタゴタに首を突っ込んでいただろう。そして、どうなる? 下手すれば示談の不履行で被告席だ」

「……」

不条理に感じるだろうが、世の中には銀のスプーンをくわえて生まれてきて、あれが欲しいと言えば、海でも山でも手に入る人間がいる。フランシス・メイヤーなんて、その最たるものだ。持って生まれた才能もあるが、メイヤー&パーマーという桁違いの資本と政治力に支えられている。親族の結婚式には一国の首長も招待されるほどだ」

「だから不正にも目をつぶれ――故郷を踏みにじられても我慢しろと?」

「だから、そういう世間知らずみたいな事を口にするなと言うんだ。お前の仲間が横断幕を掲げて反対運動するくらいは許容範囲だろう。ロイヤルボーデン社もその手の抵抗には馴れている。だが、いったん示談書にサインして自身の権利を取り下げた者が、取り決めに逆らって表に出てくれば話は別だ。本意、不本意にかかわらず、お前は法律上、『不作為の模倣』を認め、『二度とロイヤルボーデン社の利益を侵害しない』ことを約束したんだからな。サインした時点でお前の権利も『緑の堤防』もジ・エンドだ、なぜそれが分からない」

建築デザイナーの魅力

※ マックスの妻、エヴァとの会話。フランシス・メイヤーがペネロペ湾開発に進出すると知って、衝撃を受けた為。

「君がマックスと結婚したのは正解だよ。ヴァルター・フォン・シュトルツィングよりハンス・ザックスの方が百倍いい男だ」

「何のこと?」

「『ニュルンベルクのマイスタージンガー』だよ。俺の父がとても好きだった」

「ワーグナーの楽劇ね。それであなたの名前も『ヴァルター』なの」

「本当はジークフリートにしたかったらしい。でも、祖父に『後ろから槍で突かれて死ぬ英雄など縁起でもない』と言われて、考え直したそうだ。でも、俺にはその方が有り難い。父には悪いけど、それだけは勘弁願うよ」

「どうして」

「どう見ても名前負けだ」

「そんなことないわ。あなたも一所懸命にやってると思うわよ。故郷大事といっても、畑違いの再建コンペに挑むほどの勇気と行動力を備えた人は希有だもの。それに、どんな親も大なり小なり、我が子には夢を見るものよ。私の母も、将来は有名大学に通って、お金持ちのぱりっとした紳士と結婚して、主婦向けの雑誌に出てくるような優雅な奥様になって欲しかったみたいだけど、現実は全く逆。私がヘルメットをかぶって工事現場に出入りする姿を初めて目にした時は絶句してたわ。マックスを紹介した時もね」

「君はどうして建築デザイナーに?」

「よくある話よ。中学生の時、バレーボールの試合中に膝を痛めたの。手術自体は簡単だったけど、退院してからが大変。高さ一〇センチの間仕切りさえ足につかえるし、たった五段の階段の上り下りも一苦労。バスルームでは身体を支えるだけで精一杯だし、トイレで便座に掛けるにも何分とかかってしまう。それまで何気なく暮らしていた家が一転して障害物の箱になったの。それを機に、デザインって何だろうと考えるようになった。その翌年には祖父が脳梗塞で倒れて、左半身に軽い麻痺が残り、家の中を移動しやすいようにリフォームすることになってね。担当の設計士がとてもいい方で、毎日話を聞くうちに自ずと進路が決まったわ。大変だけど、やり甲斐のある仕事よ。人の暮らしに直結することだしね」

幸せとは新しい考え方を受け入れること

※ 前述の続き。ヴァルターがなおも父親の死と故郷の惨状に拘る事に対して

「私には、あなたがわざと嵐の中に身を置いているようにしか思えない。でも、それは本当にお父さんの望みかしら。私が親なら、今手にしているもので幸せになって欲しいと願うわ。お父さんが不幸な亡くなり方をしたからといって、あなたまで不幸になる必要はないのよ。それとも幸せになるのが怖いの?」

「楽しいことだけ考えて、安らかに暮らしたい気持ちは皆と同じだ。何かあっても見て見ぬ振り、自分とは関わりの無い事と割り切って生きていけたら、どれほど楽かしれない。だが、それは俺の生き方ではないし、父の教えとも違う。そこから離れたら、自分自身でなくなってしまう」

「あなたは新しい価値観を恐れているのではない? 幸せになるということは、新しい考え方を受け入れることよ。『こうあるべき』という先入観をリセットして、今まで考えもしなかった生き方を選択するの。それはあなたにとって不安を伴うかもしれないけど、もしかしたら、その中にこそ本当の救いがあるかもしれない。あなたにとっても、お父さんにとっても。少なくとも、嵐の記憶にがんじがらめになって一生棒に振ることは望んでないはずよ」

「父さんは俺の指針だ。忘れるなんてできない」

「ええ、分かってる。でも『忘れずにいること』と『その中に閉じてしまうこと』は別でしょう?」

百年先も社会を支える土台

※ ヴァルターはスカイタワーのイベントホールで偶然フランシス・メイヤーと鉢合わせる。わだかまりを解消するつもりで話しかけるが、再建コンペで臨海都市計画が廃案になった事で、再び双方の恨みが再燃する。

「あなたこそ、フェールダムの何を理解しているというんです? 何百年とかけて水を治める技術で土地を拓いてきた。あれは天から授かったものではなく、ネーデルラントの先人が営々脈々と築き上げてきたものです。ゴールドコーストにホテルを建てるのとは訳が違います」

「だから、普通のやり方では再興は難しいから、人と金の集まる商業地のプランを案出したんだ。わたしが何の考えもなしにデザインしたとでも思っているのか」

「ですが、水と緑で栄えてきた海岸線を埋め立ててまで建設する価値があるのですか」

「いい加減にしたまえ。復興対象地域に勝手に入り込んで掃除や植樹を始めたのはボランティアの方だろう。だいたい、植樹と放牧だけであれほど甚大な被害を受けたエリアを復興できるものかね。君たちはあまりに現実を知らなすぎる」

「数十年もすれば老朽化して、地元のお荷物になるような商業施設に巨額の予算を投じるより、緑化堤防を再建した方がよほど安上がりです。それに、もう一度、同じ規模の豪雨と高潮に見舞われたら、あなたは率先して堤防を守りに行くんですか。あの程度の構造物ならもって百年、その間も莫大な施設の維持費を要します」

「では、緑の堤防なら絶対安全と言い切れるのかね」

「絶対とは言いません。しかしながら、海や河川の状態に合わせて嵩上げし、十分な強度と高さを確保することができます。締切り堤防のインプラント補強も同様です。都市の景観を損なうという理由で、ぎりぎりに高さを抑えた防潮壁よりよほど信頼できます」

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Product Notes

未来の建築デザインも見ていて飽きないですよね。
『絵』としては、どれも斬新で、ユニーク。
絵だけなら、どんどん描けます。
だけども、実際にそこに住み、地元の経済や社会や環境にどんな影響を与えるか……となれば、別次元の問題です。
そのあたりが個人の芸術作品との大きな違いです。

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