小説もそうですが、一人の物書きを目指すにあたって、一番重要なのは、人生の核となるテーマを持つことです。
テーマというのは、「高校生の恋愛を書きたい」とか、「美少女戦隊ものをシリーズ化したい」という、ジャンルやアイテムの問題ではなく、自分はその作品を通して――さらには、執筆活動全般を通して、『何を伝えたいか』という指針です。
たとえば、松本零士なら、スペースオペラを通して、若者の生き方や、愛と友情、生命の尊さを描いています。
松本氏にとっては、そのテーマを伝えるのに、SF的な要素が一番肌に合ってたのでしょう。
もし、松本氏が、がちがちのサラリーマンであれば、新田次郎のような企業小説風になったかもしれないし、歴史オタクなら、ハーロックは織田信長、エメラルダスは淀君(?)あたりに置き換わり、司馬遼太郎を彷彿とするような、戦国マンガになったかもしれません。
小説も同じです。
小松左京氏のように、豊富な科学知識をベースに、社会性に富んだ作風を得意とする作家もあれば、渡辺淳一のように、とことん男女の性愛にこだわり、人生の儚さや、老境の哀れさなどを描くのが得意な作家もあります。
彼等は、「それが流行だから」「中高年にウケるから」という理由で、独自のジャンルを開拓したのではなく、自分の伝えたいテーマを表現するのに、その世界観が一番合ってたから、SF作家になり、恋愛小説家になったのであって、最初にジャンルやアイテムが存在したわけではないんですね。
何となく憧れで書き始めても、核となるテーマがなければ、単なる人真似で終わってしまいます。
拘りがなければ、すぐに飽きるか、途中で止め癖がついて、どのみち長続きしません。
「何が何でも、これについて書きたい」という確たるテーマは、最大のモチベーションであり、知恵とエネルギーを生み出す原子炉です。
たとえ、流行の作品に刺激されて書き始めたとしても、どこかで自分なりのテーマを見つけないと、その他大勢に埋もれて、いずれ止めてしまうと思います。
一所懸命取り組んでも、何の手応えも感じないし、自分自身も面白くないから。
では、どうやってテーマを見つければいいのでしょう。
一番いいのは、日頃から、様々な物事に触れて、問題意識を持つことです。
飲食店でアルバイトしているなら、客の態度や、職場環境に疑問を感じることが多いでしょう。
部活を通して、一事を極める意義や、人に物を教える難しさを痛感する人もあるかもしれません。
政治経済の話題も、現代社会の複雑さや、人間社会の矛盾を教えてくれます。
身近な人間関係から学ぶことも多いです。
自分が疑問に感じたことは、何でも深く考察して、自分なりに解決策を考えてみる。
たとえそれが正解でなくても、思考のプロセスで、様々な気付きがあると思います。
その中から、自分が特に興味のあるもの、正解を知りたいものにフォーカスして、いっそう知識を深めればいいわけですね。
テーマが決まれば、次は、方法について考えます。
SFがいいのか、リアルな社会小説がいいのか。
ティーンを対象とした、軽い読み物がいいのか、あるいはトルストイの『初恋』みたいに、中高年に向けた、思い出語りのような手法がいいのか。
その中で、自分に合ったやり方、あるいは、テーマにもっともふさわしい世界観を絞り込んでいきます。
同じ恋愛でも、冒険活劇の中描くのと、オフィスラブとして描くのでは、まったくアプローチが違いますし、訴えかける層も異なります。
また歴史の苦手な人が、背伸びして戦国ものを書いても上手くいきませんし、「この現代に身分違いの恋?」みたいに、舞台として違和感を覚えるタイプもあります。
そのあたり、よくよく考えて、自分に合った、最適なジャンルやキャラクターを考えましょう。
また、シンボリックなアイテムもメッセージを伝える強力な武器になります。
たとえば、本作は「海底鉱物資源」を主要アイテムにしていますが、これは「人間の可能性」の象徴でもあります。
メッセージの象徴となるアイテムが見つかれば、物語も展開しやすいです。
あれが流行だから、これが格好いいから、、、というものではないんですね。
これぞと思うテーマとの出会いは、物書きにとって、一生の感動です。
漫画家の池田理代子氏は、ツヴァイクの伝記「マリー・アントワネット」を読み終わった時、「よし、これをマンガに描こう」と心に決めて、その時に『ベルサイユのばら』というタイトルも決まったそうです。これが自分のテーマとの一生の出会いであり、運命の瞬間ですね。
物書きと名の付く人は、世に大勢いますが、ずっと骨太な社会派コラムを書き続けている人もあれば、ほんわかポエムで若い女性に人気の作家もいます。
社会派コラムが得意、ポエムが好きというよりは、それが自分にふさわしいテーマだからでしょう。
物書きにとって最も核となるテーマをぞんざいにしては、何が言いたいのか、さっぱり分からない、のっぺらぼうの顔無しになってしまいます。
誰の目にも、「この人の書きたいテーマは、これ」という世界観が分かることは、上手に書くことよりも、何よりも、最も大事な要素です。