2018/06/05 改訂版 「親を捨てよ 家を出よう」「大学には行った方がいいの?」「好きなことをして生きるは正解か」を追記

なぜ小児性犯罪には厳罰が科せられるのか 映画『世紀のスクープ スポットライト』

なぜ小児性犯罪には厳罰が科せられるのか 映画『世紀のスクープ スポットライト』

日本で『小児性犯罪』といえば、何もかもいっしょくたに語られがちだが、『表現の規制』と『ゾーニング』は違うし、『マンガやアニメの表現』と『実在の子供の人権』は似て非なるものだ。なにかといえば、表現の規制だ、独裁だ、と、過剰な反応がかえってくるのも、個々に異なる問題を同じ線上に捉えて、是か非かで結論づけようとするからだろう。

『アダルトコンテンツは18歳以上のみ閲覧可能とする』『ポルノ雑誌はそれと分かるように目印をつけ、子供を含めた一般客の目に触れる場所におかない』『子供の通学路で性産業の宣伝をしない』といったゾーニングが、即、表現の規制に繋がることはないし、マンガやアニメの表現の自由を守ることと、実在の子供の人権を守ることは、全く次元の異なる問題である。

たとえば、インターネット上には過激な性情報が溢れているが、セキュリティソフトでロックすれば、かなりの確率で子供のブラウザから遮断することができる。だからといって、ポルノ小説や、セクシーなグラビア写真が、完全にネットから駆逐され、業者もクリエイターも厳しく規制されているだろうか。
ネオン街が18歳以下の入店を禁じたからといって、夜の文化が完全に失われるわけでもなく、飾り窓とスクールゾーンが一つのコミュニティに共存することは十分に可能である。

「それは、それ」「これは、これ」、肝心なのは棲み分けであって、表現うんうんの問題ではない。

『18歳以下』や『夜の世界』のゾーニングが、即、コンテンツの規制に繋がると騒ぐのは、いささか短絡的というものだろう。

また、『マンガやアニメの表現』と『子供の人権』は全く次元の異なる問題である。

何をどう描こうが、クリエイターの自由だが、その表現が子供の人権を侵害している場合、社会的にどこまで許容されるか、考察することは必要である。

たとえば、アイドルがナチスを想起させるコスチュームを身につけたり、お笑い芸人が黒人をおちょくるような格好でTVに出れば、『人権的にどうか』と物議を醸すことがある。そういう表現は、歴史的な被害者の感情を傷つけるのではないか、という問題提起の視点だ。

ところが、少女のパンチラ、女性器を強調したボディライン、大人のアダルトビデオを彷彿とするような動画などについて、明らかに『性』を強調した表現であるにもかかわらず、子供の人権的にどうか、少女の感情を傷つけるのではないか、という視点で語られることは、ほとんどない。

聞こえてくるのは「表現の自由を守れ」という大人の声だけであり、子供たちの声は完全に無視されている。

子供たちは、それらを容認して、黙っているのだろうか。

そうではないだろう。

多くの子供には、『性』のなんたるかを理解する力はないし、違和感や嫌悪感を感じても、声を上げる術も持たない。

衣服を脱がされても、性器を触られても、それが何を意味するのか分からず、大人の『なすがまま』になっている。

まして大人相手に抵抗したり、訴えたりできるはずもなく、社会的立場も、身体的、精神的力も、大人とは比べものにならないほど脆く、弱い。

だから、大人が子供の身になって、子供の幸福を守ろう――というのが世界標準の考えであり、子供の性の表現や犯罪に厳しい措置がとられるのも、「マンガやアニメの面白さを知らないから」「文化が違うから」が理由ではないのだ。

こうした小児性犯罪の問題を真正面から見つめ、カトリック教会という聖域に踏み込んで、世に訴えたのが、ボストンの新聞紙『スポットライト』である。

これを題材にした映画『スポットライト 世紀のスクープ』も数々の映画賞を総なめにし、第88回アカデミー作品賞にも選ばれた。

出演者も大物スターの姿はなく、マイケル・キートン、リーヴ・シュレイバー、マーク・ラファロといった渋メンばかりだが、それがかえって作品に深みを与え、静かな怒りと迫力を醸し出している。

ボストンの日刊紙『ボストン・グローブ』に新編集長として迎えられたマーティ・バロン(=リーヴ・シュレイバー)は、同紙の取材チーム「スポットライト」のウォルター・ロビンソン(=マイケル・キートン)と会い、地元カトリック教会の神父による子供への性的虐待事件を取材するよう持ちかける。

事件担当の弁護士は変人で知られ、被害者もその家族も固く口を閉ざしたまま、実態は闇の中だ。

これといった証言も得られぬまま、調査は難航しそうに見えたが、『生存者』と名乗る男性をきっかけに突破口が開ける。

男性は言う。

貧しい家のこには教会は重要で神父に注目されたら有頂天
自分を特別な存在に感じる 神様に親切にされたと思う

神父の卑猥な冗談を変だと思う でも秘密を守るために受け入れる

次はポルノ写真をみせられる どんどん深入りして

命令されて黙ってそれに従う

神父に可愛がられて罠にはまるんだ

神様に嫌と言えます?

これは肉体だけでなく精神の虐待なんです。

世紀のスクープ スポットライト

(性的被害にあった子供たちは)

神父に虐待されて親交さえ奪われてしまう

酒や薬に手を出したり、飛び降り飛び降り自殺したり

だから”生存者"なのです。

男性との面談を皮切りに、改めて個々の被害者と面談を始める取材チーム。

マイクは、性的被害者の弁護を担当するガラベディアンの仲介で、被害者の一人と面談する。

神父が言えに訊ねてきて、神様が現れたんだから

アイスを貝にゆこうと 奴は神父だ 従うしかない

帰りの車の中で 俺の脚を触りだした

奴の手が滑ってきて、俺の性器を握った

俺はびっくり仰天して固まってしまった まだ子供だったから

アイスは食べるまえに溶けてしまったよ

告白する彼の腕には、無数の注射の跡がある。おそらく、心の苦しみから逃れる為に、ドラッグに走ったのだろう。

ガラベディアン弁護士は言う。

「彼は幸運な方だ。まだ生きている」

世紀のスクープ スポットライト

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