池田理代子

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男の人から愛しているといわれたこともなくて『ウェディング・ドレス』池田理代子短編集(3)より

ミシンだけふんで……男の人から愛しているといわれたこともなくて……みじめったらしい、つまんない人生……なんで、あたしが、こんなことしなきゃなんないの! ばかばかしい30年! むごいよぉ……

オーストリア女 =マリー・アントワネット ~異国の女として生き、異国の女として死す~

 近頃は、国際人を目指して早期の英語教育も盛んですが、果たして言葉は本当に国や民族の違いを超えるのか、時々、疑問に思うことがあります。  たとえば、日本人相手に「ベルばらがね……」と言えば、池田先生の名前はもちろん、作品の内容、オスカルやアンドレといったキャラクターの名前、歌劇やアニメ、洋画にまでな […]

ザ・結婚証書 ~マリーの指先も震えた運命の一瞬

政略結婚によりフランス王太子(未来のルイ16世)に嫁いだマリー・アントワネット。結婚当時、14歳だった彼女は緊張のあまり結婚証書にインクの染みを作ってしまう。周囲からは「なんと不吉な」と囁かれたエピソードとポーランドの市民婚を紹介。署名欄もレディファーストで新婦の名前を上段に記入するが、日本の習いに従って下段に記入したという話。

母の愛は馬車より強し ロザリーのお母さんの勇気

「文句があったら、いつでもベルサイユにいらっしゃい」のポリニャック伯爵夫人の捨て台詞で有名なロザリーのお母さん轢死事故。実際、町中を走る馬車の速度は徐行する車より勢いがあります。ロザリーの生みの母であるポリニャック伯爵夫人を呼び止めようと身体を投げ出したお母さんの心情は想像して余り在るというコラム。

素敵な恋のあきらめ方(ベルサイユのばらに寄せて)

恋をして、何が辛いかといえば、その人をあきらめなければならない場合でしょう。 かといって、人を好きになったら、そう簡単に理屈であきらめきれるものではありません。頭では分かっていても、「もしかしたら」と期待して、側に寄ってみたり、背伸びして、いい所を見せたり。バカだなあと思いつつも、相手のことを追い求 […]

38歳 マリー・アントワネットと同じ年齢になる(ベルサイユのばらに寄せて)

 この世には、その身にならないと分からないことがたくさんある。  私も、10代の頃は、「マリー・アントワネットという女性は、なんと愚かで、浅はかなのかしら」と思っていたが、自分も結婚し、子供を生み、マリーと同じ年齢だけ生きたら、彼女がそうならざるをえなかった理由も分かるような気がした。  ルイ16世 […]

マリア・テレジアの選択 (ベルサイユのばらに寄せて)

 仕事を持つ母親にとって、一番心に突き刺さるのが、「子供と仕事と、どっちが大事なの?」という問いかけだろう。  「どっちが大事」と訊かれても、どちらとも言えないし、こればかりは比べようがない。もちろん、「子供が大事」なことは言うまでもないが、子育てと同じだけの力配分を持って、仕事にもアクセルをかけよ […]

恋人たちの夏時間(ベルサイユのばらに寄せて)

 ヨーロッパの夏の日照時間は長い。  夏至の頃には、夜の九時を過ぎても、まだ顔の見分けがつくほど明るく、広場も、食後のビールを楽しむ人々でごった返している。夏のこの季節、「夜」と言えば、十時以降を差し、「十時になったから帰ろう」ではなく、「さあ、これから街に繰りだそう」なのである。  もっとも、マリ […]

プチ・マリーの行方(ベルサイユのばらに寄せて)

マリーは多くの人間にかしずかれ、自分から誰かの為にケーキを焼いたり、窓を磨いたり、足腰の弱ったおばあさんを支えてあげたり……といった行為とはまったく無縁に、生活の隅から隅まで、最高の尊敬を払われてきた。しかし、与えられるばかりで、自ら与えるチャンスが無いというのは、一見、楽なようで、実は心の地獄なのではないだろうか。

お手製ショコラの思い出(ベルサイユのばらに寄せて)

 私が小学生の頃、周囲で、ベルばらを熱心に読んでいる子は非常に稀であった。彼女たちの愛読書と言えば、「チッチとサリー」みたいな、ほのぼの恋愛マンガか、「キャンディ・キャンディ」のような、少女が主人公の物語が大半で、歴史ものや大人の恋愛ものを読み耽るような、ませた子供は限られていた。  ゆえに、「ベル […]

もしジョゼフィーヌに子供が生まれていたら

パリにあるロダン美術館の庭から、『考える人』の肩越しに、アンヴァリッドの壮麗なドームを、ほんの少しだが眺めることができる。 先に旅行した際は、時間がなくて、アンヴァリッド訪問は叶わなかったけれど、「ああ、あそこに、私の大好きなナポレオンが眠っているのだなあ」と思うと、心の中で静かに手を合わせたくなっ […]

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