ドストエフスキー

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社会主義と宗教『カラマーゾフの兄弟』随想(1)

『罪と罰』もそうだが、本作にも「神の在・不在」をテーマにしたエピソードが繰り返し登場する。その中で、ドストエフスキーは存在するとも存在しないとも断言してないが、結局のところ、人は『それ』を求めずにいない……というのが彼の解釈ではなかろうか。

現代に生きる『カラマーゾフな人々』

ドストエフスキーというと、「長い」「暗い」「くどい」「難解」、長編を読み慣れてない方にはひたすら眠くて退屈な作品でしかないと思います。 実際、人類史に残るクライムストーリー『罪と罰』も、あっと驚くトリックがあるわけでもなければ、ジェイソン・ステイサムのようにお洒落な刑事が出てくるわけでもない。ひたす […]

ドストエフスキーの名作『罪と罰』米川正夫(訳)の抜粋 / 『謎とき 罪と罰』江川卓

超個人主義に徹する貧しい大学生ロジオン・ラスコーリニコフは、『人間は凡人と非凡人とに分かれ、非凡人は既成道徳をも踏み越える権利を有する』 『一つの些細な犯罪は、数千の善事で償われる』という論理のもと、強欲な高利貸の老婆を殺害し、奪った金を有効に使おうとする。不朽の名作を米川正夫訳で紹介。

『罪と罰』と宗教団体の犯罪に関する一考察

産経新聞 7月9日号 Book・本 斜断機より 文:東工大講師 山崎行太郎 小生は、「オウム真理教」が社会問題になった時からこの宗教の本質は文学かげ医術のレベルでしか語れないだろうと思っていた。宗教社会学やサブカルチャー論あたりの認識で、「オウム」の本質を語れるわけがない、と。 さて、そのオウム問題 […]

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