血は立ったまま眠っている

血は立ったまま眠っている

地下鉄の
鉄筋にも
一本の電柱にも
ながれている血がある
そこでは
血は
立ったまま眠っている

窓のない素人下宿の
吐瀉物で洗った小さな洗面器よ
アフリカの夢よ
わびしい心が
汽笛を鳴らすとき
おれはいったい
どの土地を
うたえばいい?

戯曲 毛皮のマリー・血は立ったまま眠っている (角川文庫)

一本の樹の中にも流れている血がある。そこでは、血は立ったまま眠っている』という有名な一文から発展した同名の戯曲の中で歌われるもの。

この戯曲について、寺山氏は、次のように解説している。

『一本の樹の中にも流れている血がある。そこでは、血は立ったまま眠っている」というみじかい私自身の詩から発想されたこの戯曲は、六〇年安保闘争との関係を省いて語ることは難しい。私の中には、その頃から、
「政治的な解放は、所詮は部分的な解放にすぎないのだ」
という、いらだちがあり、それがこの戯曲をつらぬく一つの政治不信となってあらわれている。

<中略>

(政治に)ストーリーというルビをふって、「たかが政治じゃないか」とうそぶいていた私たちも、ダンの驢馬のように餓死してゆくのを見ながら、私なりの焦りを書きつづけていた。

『血は立ったまま眠っている』という言葉は、いろんな事象に解釈できる。

何も考えてないように見えても、全ての人には心があり、その内側で、いろんなことを感じたり、考えたりしている比喩であったり。

今すぐ行動を起こさなくても、内には熱い血をたぎらせ、虎視眈々と機会を窺っている喩えであったり。

心と体は一心同体、体が在るように心も在るという風にもとれるし、体が休んでいる間も、心は立ったまま考え続けるという風にもとれる。

どんな風に解釈してもいいのが、この戯曲においては、体は眠っても心は眠らない、若さゆえの葛藤や苛立ちの象徴に感じる。

戯曲には、テロリストの灰男、灰男の舎弟で、良心と破壊の狭間で揺れ動いているような良が登場するが、この人たち、一体何がしたいのかといえば、何でもなく、「目的があって、行動する」というよりは、行動そのものを目的としているという感じ。何かしたい、しなければならない、その焦燥の中で、先に破壊行為を行い、その理由を自分たちの都合のいいように後付けしているような印象だ。だから、その行動にまったく共感しないし、崇高とも思わない。彼らにとって革命とは、己の存在を確立する為の手段であって、社会を変革するのが目的ではないのだ。

「政治的な解放は、所詮は部分的な解放にすぎない」というのは、確かに、世の仕組みを変えれば、人間の生き方や価値観も変わるかもしれないが、だが、結局は同じ壁に行き当たり、根本的な解決にはならない……という風に見て取れる。

たとえば、士農工商の時代に比べれば、今は職業選択の自由もあるし、そこまであからさまな区別もない。人はどんな職業を選んでもいいし、どんな職業を選ぼうと、そのことによって差別はされないものだ(建前は)。

だからといって、全ての人が完全な自由を手に入れたかといえば、決してそうではない。自由になったら、自由になったで、「やり甲斐が感じられない」「思うような仕事に就けない」という悩みが生じるし、「あいつより年収が低い」「正当に評価されているとは思えない」といった不満も出てくる。そして、それは、労働環境や経済情勢を改善しても、根本的な解決にはならない。たとえ有名企業に就職できても、個々の「これでいいのか」「こんなはずじゃなかった」という葛藤はどこまでも付いてまわるだろう。

つまり、「政治的な解放は部分的な解放に過ぎない」わけで、人間が生き甲斐を感じたり、人生を変えようとするならば、個々が内なる革命を起こすしかない。価値観を変え、考えを改め、新しいリズムで生活を始めるのだ。

外側から変えようという試みは、それはそれで意義深い。

いつ解雇されるかわからない不安定な中で就労するよりは、ある程度保証された中で、自尊心をもって就労する方がはるかに幸福に感じる。

だが、変えようという試みが、自己実現の一環になっては本末転倒だ。

外側を変えれば、自分も変わったような気がするだけで、いずれ根源的な問題に行き当たるだろう。

若者の中で「血は立ったまま眠っている」というのは、まったく間違いではない。肉体と思考が休んでいる間も、心は常に己を忘れず、虎視眈々と解放や自己実現の機会を狙っている。だが、それが本当の目覚めとなるには、行動の根源となる目的が必要だ。

「おれはいったい どの土地を うたえばいい?」という状態では、単なる彷徨に終わってしまうだろう。

ごらん、この西日のさしているドラム缶だって、その貨物だって、なかには血がたぎっている。その柱のなかでは血は立ったまま眠っている。みんな目ざめたら、また一つの歌をうたいはじめるしかない。いいかい、また一つの歌を歌いはじめるしかないんだ。

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