他人の首に剃刀をあてられるのは、他人に信用されているから

他人の首に剃刀をあてられるのは、他人に信用されているから

床屋
おれが床屋になったのはなぜだと思うね。
南小路
毎日鏡をおおっぴらに見られるからですね
床屋
いいや違う大違いだ
おれはな、いまの時勢みたいに人が信用できなくなってるときに、他人の首にじゃりじゃりっと剃刀をあてる仕事をしていられるのは、自分が他人に信用されているからだと思ってるのさ。な、そうだろう。誰だって仇の剃刀に自分の喉をあずけっこねえやな。

<中略>

おれは近頃ふっと思うんだがな。だんだんとこう時勢がわるくなってくると床屋がふえるんじゃないかと思ったりしてね。町中の男という男がみんな床屋になってしまったらどうだろうね、と。ぞっとすることがあるんだよ。
朝、店のあめん棒がくるくると廻り出す。無論町じゅうの全部の家の前でだ。客は一人もいない。男たちはめいめいに鏡に向かって自分の首を剃りはじめる。自分さえ信用出来なくなった奴は、ひょい、ずばりっ、だ。な、南小路。
信用ってことが何より大事な世の中じゃねえか

戯曲 毛皮のマリー・血は立ったまま眠っている (角川文庫)

床屋でも、歯医者でも、他人に刃物を向けられる時の、あの得もいわれぬ不安と違和感。

相手がその気になれば、こっちの命など一瞬で絶つことができる。

そんな意図はないと分かっていても、相手も人間、いつ何が起こるか分からないし、事故だってあり得る。

それとも、ゴルゴ13みたいに、常に体のどこかに小銃を隠すか?

信用がなければ、診察台にも上がれない……というのは、まったくその通り。

Amazon Kindle 電子書籍

sanmarie*comに掲載していた【「親 死んでほしい」「親 殺したい」で検索する人が多いので】の電子書籍です。心理学者・河合隼雄の名著『家族関係を考える』で紹介された『内面的な親殺し』と、父親殺しを描いたギリシャ悲劇『オイディプス』の物語をベースに、なぜ「親 死ね」「親 殺したい」といった感情が芽生えるのか、乗り越えるには何が必要か、分かりやすく解説しています。
作品詳細と冒頭部の無料サンプルはこちら。https://novella.one/oya-book

寺山修司カテゴリの最新記事

Top