心の醜悪は顔に現れる 映画『ザ・フライ』

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※グロテスクな写真を掲載しています。敏感な方はご注意下さい。

訳知りの知人に言わせると、男の嫉妬ほど醜く恐ろしいものはない、という。嫉妬といえば、女性の専売特許というイメージがあるが、女性の場合、せいぜい「あの子の方が私より綺麗、キー、悔しい」「医者と結婚するって、ふ、ふん、あんなチビデブ、どうせ妥協したんでしょ」ぐらいなもの。ところが、男性の場合、嫉妬は権力闘争に発展し、左遷、密告、謀略、失脚と、相手が表舞台から消え去るまで容赦なく叩く。知人に言わせると、女性は周りの皆が自分に味方してくれたら腹が収まるが、男性の場合、相手の陰が見えなくなるまで潰さないと納得しないらしい。我々には想像もつかないが、そういう世界もあるのかもしれない。

1986年に公開されたデヴィッド・クローネンバーグのホラー映画『ザ・フライ』も男の嫉妬を描いた作品の一つだ。1958年公開の『ハエ男の恐怖』のリメイクで、セットも演出もオリジナルよりはるかにグレードアップしている。

一般にはホラーにカテゴライズされるが、特殊メイクはあくまで演出の一つに過ぎず、本質は人間ドラマである。

天才科学者セス・ブランドルは、物質を分子レベルに分解して電送する”物質転送機「テレポッド」”を開発中。ある催しで、科学雑誌の記者であるヴェロニカと知り合い、自宅の研究室に招く。

ヴェロニカを演じるジーナ・デイヴィス。この頃の美しさは絶品。この作品が縁で、ジェフ・ゴールドブラムと結婚。

セスの言う事を信じて、ラボラトリを訪れたものの、いきなりピアノを弾き始めるなど、ヴェロニカは不審に感じる。

だが、実際に、物質転送機を目にしてヴェロニカの印象は一変する。これこそ物流を変え、世界の構図を変える未来の技術と確信し、セスと共に開発を進める。

だが、物質転送機にも一つだけ欠点があった。それは生物のように複雑な有機物の場合、分解はできるが、完全に再構成できない事だ。

マントヒヒも挽肉に。このあたりのブチュブチュ・メイクはクローネンバーグお手の物。

ヴェロニカとの交際を通じて愛を知ったセスは、生物の再構成のヒントを得て、ついにマントヒヒの転送に成功する。

だが、ヴェロニカの元恋人で、科学雑誌の編集長でもあるボランズとの仲を疑ったセスは、激しく嫉妬し、酔った勢いで自ら転送ポッドに入る。その際、ポッドの中に一匹のハエが紛れ込んでいたことに気づかなかった。ポッドは二種類の有機体を一つに結合し、ハエ人間を作りだす。

転送後、超人離れした体力と知力を身につけたセスは、「分子的解体と再構成は清浄化・偉大化だ」と確信し、ヴェロニカにも転送を薦める。
一方で、異常な糖分の摂取、人が変わったようなハイテンション、背中の剛毛など、変化も着実に進んでいた。

転送を拒むヴェロニカを、セスは臆病者と罵り、アパートから追い出す。その後、胸騒ぎを覚えてアパートに戻ってきたヴェロニカから「あなたの背中に生えている毛は人間のものではない」と聞かされる。

真偽を確かめる間もなく、セスはどんどん変化していく。肌は荒れ、爪先から白い体液が流れ出し、体中の組織が崩れ始める。

さすがに不安を感じたセスは、転送の記録を呼び出し、コンピュータで解析する。
当時はまだWindows95もなく、Appleのマッキントッシュがマニアの間でぼちぼち売れていたくらい。
それでも、Matrix風の解析装置は格好よかった。

原因を知ったところで、セスにも、ヴェロニカにもどうすることもできない。変化はいっそう進み、耳はちぎれ、歯は抜け落ち、食べ物もハエのように消化液をかけて啜るという有様。

そして、二人にさらなる悲劇が訪れる。もはや怪物でしかなくなったセスは、彼女と融合することで自らを救おうとする。

クライマックスの演出も素晴らしい。近年のアクション映画みたいにお金もかかってないのだけど、立ちこめるスモーク、効果的なフラッシュ、融合に失敗したポッドから何が出てくるのか、音楽に合わせてブイーンと扉が開く場面の、斜め上のアングルが非常にドラマティック。低予算・最低限のセットでここまでスリリングな演出ができるとは、クローネンバーグ驚きの才能。

本作でジェフ・ゴールドブラムは注目を集め、ジュラシック・パークのマルコム博士役で大ブレイク。でも、この作品の前には、チャールズ・ブロンソンの名作『狼よ、さらば』で、娘を暴行するチンピラ役で出演してるんですね。小さなキャリアから積み重ねて、今日の栄光です。

心の醜悪は顔に現れる

人間、見かけではないというけれど、形の美醜とは関係なく、内なるものは必ず外見に現れるものだ。狐のような目付き、だらしない口元、いつも眉間に皺が寄ったような険しさ、不潔な髪や歯。凶悪犯の写真を見ても、きらきらと笑顔の眩しい人はないし、権力闘争や欲にまみれると、最初は清々しい人の顔も、だんだん卑しく、険しいものになっていく。やはり無意識に顔が引き攣ったり、不満で口が尖ったり、筋肉は神経の動きに正直だからだろう。それが積もり積もれば、柔らかな頬も固くなる。肩こりみたいに、怒りや憎しみに凝り固まった顔つきになっていく。

本作の引き金になったのは、元恋人に対する邪推だが、その他にも、孤立、疎外感、焦燥、恨みなど、ネガティブな感情が窺える。どう見ても彼は一匹狼だし、理解者もない。あまりに頭がよすぎて近寄りがたいのか、元から変人なのか、詳しい経緯は分からないが、殺伐とした住まいやヴェロニカへの無骨な態度を見ていると、コミュニケーション能力に優れた人格者とは到底思えない。以前から、自分を認めようとしない科学界や周囲の人間へのルサンチマンがあり、それゆえに、嫉妬の念もひとしおだったのだろう。自分で転送ポッドに入ったのは、自殺の意味もあるかと思う。いくらマントヒヒで成功したとはいえ、転送物が人間となればさらなる高機能を要求される。下手すれば、自分だって挽肉になるかもしれないのに、ヤケクソにしてはやり過ぎだろう。

ハエの遺伝子と合体して怪物と化した……といえば、その通りだが、合体しても、しなくても、嫉妬、疑念、疎外感などから、いずれ周囲と齟齬を起こし、世紀の発明も、ヴェロニカとの関係も、おかしな方向に転がっていったのではないか。

グロテスクな特殊メイクに目を奪われがちだが、本作は内側から壊れていく男の悲劇を生々しく描いている。天稟の燦めきを感じさせたセスが、徐々に怒りや疑念に取り憑かれ、最後は自分勝手な怪物と化す様をジェフ・ゴールドブラムが見事に演じおり、ハエ・メイクがなくても、十分、内面の恐怖は伝わったのではないかと思う。

人は誰でも自分が怪物とは思いたくない。毎日、鏡を覗いている人間でさえ、”その顔”に慣れきって、自身の醜さには気づかないものだ。

だが、確実に外見は変化していく。

隠しても、騙しても、顔つきは如実に内面を物語る。

私たちは身だしなみを気にするように、自身の内面にいっそう注意を払わなければならない。

なぜなら顔は心の鏡に違いないから。

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この作品は劇場に見に行きましたが、抵抗するヴェロニカがセスの顔に手をかけた途端、ごそっと顎が抜け落ちる場面で「ギャ~~ッツ」と叫びそうになりました。これでもか、これでもか、とクローネンバーグが畳み掛けてきます。

メディア

グロに耐えられる方は必見。脚本や人物像も秀逸で、ポンポンと話が進みます。冒頭に無駄なエピソードを盛り込まず、すぐにセスとヴェロニカが意気投合、物質転送機が登場するスピード感が成功の秘訣でしょう。

二世誕生という続編も作られました。タイトル通り、二人の間にできた子供が主人公です。ハエの遺伝子を受け継ぐだけに、成長も著しく、頭脳優秀。父の研究を受け継いで、物質輸送機の開発に打ち込みますが、徐々に変化が現れ……という悲劇もの。ただ展開は前作と違って、救いのあるエンディングです。これもオールナイトの映画館で見ましたが、ま、深夜に観る作品ではないですね、グロい(^_^;

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Posted by 阿月まり