アメリカ人に「ホイットニー・ヒューストン」と言うと爆笑される理由

アメリカ人に「ホイットニー・ヒューストン」と言うと爆笑される理由

2012/02/12 追記

先ほど、インターネットのニュースでホイットニーの訃報を知りました。

私にとってはマイケル・ジャクソンの死より悲しみが深いです。

もう以前のような活躍は難しいとしても、どこかで歌い続けて欲しかった。

私には青春時代の思い出そのものだから。(TVやラジオや喫茶店でホイットニーの歌声を聞かない日なんて、あった? というぐらい)

これで、いよいよPOPSも終わった、80年代(20世紀といってもいいか)も終わった(心の中で)、

心の時間軸がスコーンと抜けた感じです。

周りの人間関係とか音楽業界の裏側とか、きっといろんな理由があるのだろうけど・・

ホイットニーを死に追いやった最大の理由は、やはり音楽スタイルの変化だと思います。

もう彼女が歌っていたような、メロディや歌詞が叙情的な曲は流行らなくなった。

それが一番大きいんじゃないかな、って。

かといって、レディ・ガガなダンスを踊りながら、ラップやクラブミュージックみたいなのを歌うホイットニーなんて想像できないし、やっぱり彼女には真っ赤のルージュの口をカパーっと開けて、空の彼方まで響くような艶のある声で「エンダァァアアア~~~ アイ・オールウェ~・らびゅ~~~」と熱唱するのが似合ってるから。

再起の機会を見つけられなかったのは、あまりに卓越した歌唱力と個性ゆえ……と思うと、いっそう悲しみが深まるのです。

冥福を・・なんて、私には言えません。

彼女には、ステージこそ、至福の場所だっただろうから。

今日はホイットニーのベストアルバムでも聞いて、世界中のファンと一緒に追悼します。

ほんとに・・悲しいです。

アメリカ人に「ホイットニー」と言うと笑われる訳

もしあなたがバブル世代のアメリカ人の友人を持って、マイケル・ジャクソンやビリー・ジョエル、MC・ハマーやカルチャー・クラブの話をしたら、きっと喜んで聞いてくれるだろう。

でも「ホイットニー・ヒューストン」と言った途端、

「誰、それ??」

と、首をかしげられるにちがいない。

「ホイットニー・ヒューストンだよ! 女性シンガーのホイットニー! 映画『ボディガード』に出てた人! 知らないの? 超有名じゃん!!」

と説明すれば、

「ああ、Whitney Houston!」

彼は笑いながら教えてくれるだろう。

あなたの発音が全く異なることを。

そう、このWhの音って、日本語にはないのね。

あえて表記するなら、「ウィトニー」が一番近いか。

少なくとも、「ほいっとにー」とは言わない。

にもかかわらず、なぜ日本では「ホイットニー」と言うのか。

それは、初めてWhitneyを紹介した関係者の苦肉の策と思うのね。あくまで憶測だけど。

「ウィトニー・ヒューストン」よりは「ホイットニー・ヒューストン」の方が、日本人には馴染みやすいもの。

ちなみにアメリカ人に「まくどなるど」と言っても、通じません。(これも有名な話)「マッドゥナル」か「マッドーナゥ」みたいな感じです。

まあ、ウィトニーでも、ホイットニーでも、どちらでもいいでしょうが。『世界が愛した』って事実には変わりないんだし。

そんなホイットニーの歌声。90年代後半に入ってからブームも下火になり、21世紀になってからは麻薬中毒やメンタル面での問題も取り沙汰されるようになり、すっかりメディアの前から消えてしまった感がある。全盛期を知っている私には「あり得ない」話だけども・・。

そんな私がホイットニー大好きになったキッカケが「Saving all my Love for You(邦題:すべてをあなたに)」。
歌詞の内容はいわゆる不倫ソング。友人にそんな恋はやめろと忠告されても、愛することを止められない。

You used to tell me we’d run away together
Love gives you the right to be free
You said be patient, just wait a little longer
But that’s just an old fantasy

あなたはよく「駆け落ちしよう」
「恋をすると自由になった気がする」と口にする
「もう少しだけ辛抱して」とも言ったわね
でも そんなのは夢物語だった

というような、絵に描いたような浮気男の言いぐさをされてなお、好きで好きでたまらない。

今夜こそ待ち望んだ夜 すべてが満ち足りる夜
だから あなたのために 私の愛をとっておくわ・・

という歌。

メロディだけ聴けばメランコリックなラブソングかと思うけど、よくよく歌詞に耳を傾ければ、まあそういう話ですか! と、ちょいビックリ。

でも、この伸びのある歌唱はホイットニーにしか出来ない。私もカラオケでよく歌ったものだが、「コ~ザ ナイッ! イザ ナイッ!(そう聞こえる)」の、「ナ」の母音は出そうで出ない。あの都はるみのようなコブシは天性だよね。(トは言わなくていいようだ)


映画「ボディーガード」の主題歌と言えば、「I will always love you」が圧倒的に有名なのですが、私は「I have nothing」の方が好きでした。このカラオケも好きだったんだけど、I don’t want ・・のくだりがかなり早口で、合わすの難しいんだよ、これが。


40代になるのが怖いアナタへ I’m Every Woman

追記:2016年9月9日

これからいよいよ40代……と思うと、胸にズシンとくる女性は多いでしょうね。
30代までは、化粧や服装でなんとか誤魔化せても、40の坂を過ぎると、もう二度とキラキラした容姿には戻りしませんし、家庭でも、職場でも、辛い、面倒な事が増えて、一番心身にダメージを受ける時代じゃないかと思います。

私も二十代の時、職場の先輩から「女は四十代が一番キツイ」とさんざん聞かされて、そうなのかな~と他人事のように流してましたけど、「ああ、これがその事か」と思い知らされることはたくさんありました。

「うるさいな」と感じることもありましたけど、あの時、いろんな「おばさま看護婦」に諭され、叱られしてきたことに今ではとても感謝しています。

ある意味、十代、二十代の若い時期に、「この子に言っても聞かないし、言うだけ無駄」と目上の人に見切りをつけられるって、怖いことですよ。一番、物事を学ばないといけない時期に、教えてくれる人を失うわけですから。

中には変な人もあるだろうけど、皆が皆、くたびれたオッサン、オバハンという訳ではなく、どんな人にも年を重ねたなりの知恵やノウハウがありますから。何でも、誰からでも、吸収する気持ちがあれば(時には反面教師として)、四十代になった時、いろんな形で支えになるのは本当です。

話それましたが・・

四十代になるのが怖いアナタに声を大にしてお伝えしたいのは、四十代のうちに自分の一番大きな夢を叶えることですよ。

五十代でも、六十代でも、できなくはないですが、体力的に非常に難しいですし、健康管理が悪ければ、早々と死ぬこともあります。

「また今度」「あれが一段落したら」と言ってる間に、活動時間はどんどん失われていきます。

十代、二十代には「来年」という言葉があるけれど、五十過ぎれば、「来年」などと言っておれなくなる。

どんな健康な人でも、人生の終末に向かってカウントダウンが始まりますから、実質的に人生の夢を叶える最後のチャンスなんですよね。四十代は。(ヨーロッパ旅行するとか、資格試験に挑戦するといった目標とは別)

中でも、一番おすすめしたいのが、「少女時代の夢を叶える」という事ですよ。

今の世の中、小学校の卒業文集に書いたことを、今も忠実に実行し、形にしている人間が、どれほどいることやら。

「小学生の夢なんて」と思うかもしれませんけど、そこに自分の人生の原点があるわけですからね。

それを裏切り、忘れ、自分に言い聞かせても、心の何処かでは必ず記憶し、拘っているはず。

そのままグジグジ終わるよりは、一か八かでチャレンジした方が、何もしないよりずっといい。

今、自分の手の中にあるものを見回して、本当に自分の力で成し遂げた・・と納得できるようなものが幾つあるか、って事ですよね。その中には、家族や友人も含みます。

もし「やり残した」と思うことがあるなら、今すぐに始めることです。

もう、四十過ぎたら、時間は待ってくれません。

若者と同じように「明日」という日は無いのです。

今日がいつでも『最後の機会』と腹を括って、恐れずにチャレンジして欲しいなと思います。

そんな私のオススメは、ホイットニー・ヒューストンの『I’m Every Woman』です。

まさに80年代から90年初めにかけての、イケイケな女の時代を象徴するようなパワフルなヒット曲です。

元はチャカ・カーンの代表曲ですが、ホイットニーがよりポップにアレンジして、世界中で一世風靡しました。

私も今、ホイットニーに「一緒に踊ろう」と言われたら、後列で踊ってそうな気がしますわ。
なんか、本当に、この歌がしっくりくる心境に達したな、と、つくづく。

和訳はこちらにある通り。『Every』の訳し方で、どうとでも解釈できる素敵な歌詞です。

https://lyrics.red-goose.com/im-every-woman-whitney-houston/

一般には、「Every Woman=私は全てをもっている女」と言われますが、「全て」というのは、美貌や地位や能力のことではない。女性らしい強さや優しさ、知恵、機転、一方で、弱さや脆さ、焦り、不安、嫉妬など、いろんな側面を併せた「全て」という意味でしょう。

ホイットニーも「私は美人で、金持ちで、才能のあるアーティストなのよ」と自慢する為に歌っているわけではありません。

私は強いところもあれば、駄目なところもある。でも、それらもひっくるめて、『女性』である自分が好きだし、これからも、何にでも挑戦して、自分が満足いくように生きるの、と宣言してるわけ。

上記のリンクにもあるけれど、 

I ain’t braggin’
‘Cause I’m the one
Just ask me
Oh, it shall be done
And don’t bother
to compare
I’ve got it

私は自慢してるわけじゃない。
なぜって、私は「One」(この世で唯一の存在」だから
自分の胸に聞いてみて
それはきっと成し遂げられる
他人と比べて くよくよしたりしないで
私は it を持ってるんだから

it というのは、何かを成すに十分な、気力や知恵、いろんなパワーを持っている、と解釈してもいいかも。

つまり、他と比べて、自分を疑ったり、落ち込んだりしなくても、あなたには既にそれをやり遂げるパワーが備わっているはずよ、という応援歌です。

四十代に限らず、人は何にでも言い訳したがるものだし、いろんな理屈をこじつけて、納得しようとするものです。

でも、言い訳や理屈の果てに何が残るかといえば、いつまでたっても自分を肯定できない苦さだけなんですね。

そんな苦さを胸の奥に抱えたまま、人生を終わりたいかと問われたら、多くの人は首を横に振るはず。

ならば、今一度、子供時代に帰って、「やりたい事は何ですか~」「やり残したことは無いですか~」と問いかけるのも一つの手だと思うのです。

どうせなら、小学校の卒業文集を書いている自分に、胸張って自分の人生を語りたいじゃない。

四十代って、自分の人生の終わりが具体的に見えてくるから、ある意味、生まれ変わる大きなチャンスだし、また、その気づきを実行できるだけの気力も体力も残されています。

ぼやぼやしているヒマはありません。

年をとって、いよいよ人生の終わりが差し迫った時、人間の後悔や絶望や疎外感に効く薬など、本当にないんですよ。

元祖、チャカ・カーンの I’m Every Womanはコチラ(YouTube)

実は私、チャカ・カーンを間近で見たことがあるんです。

琵琶湖オールナイト・ジャズ・フェスティバルを見に行った時、友人らと雑木林の外れで休憩していたら、突然、連れの男性が「チャカや! チャカがおる!」と騒ぎだしてね。私、てっきりヤクザかと思ったの。チャカって、古いヤクザの言葉で「拳銃」のことなんね。ハジキとも言うけどね。

そしたら、複数の黒づくめの男性に囲まれた外国人女性が、一メートル目の前をすーっと歩いていって、それがチャカ・カーンだったんです。周りの男性はスタッフとボディガードでしょう。

あの時、しっかり顔を見ればよかった・・・と後悔。

最後に素敵な言葉を……

私はずっと以前に、誰の影の中も歩かない=誰かの二番煎じにはならないと決めた。
(失敗しようと、成功しようと)
少なくとも、自分が信じたようにやってきた。

結局、確かな手応えとして感じ取れるのは、周りの流行や評判に流されず、自分信じるスタイルを貫いてきた、という自負でしょうね。

ホイットニー・ヒューストン

ホイットニー・ヒューストンのおすすめ

このCDのレビューに渋谷陽一のコメントとして「ポップミュージックなんて所詮ハッタリに過ぎない」という一文がある。
80年代~90年代初頭にかけて、私も何度もそう思った。
雑誌でチャラチャラ、TVでチャラチャラ、何かと言えば、ブランド、宣伝、イベント、恋愛、そういうものに引っかけて、「売れればいいじゃん」「これがナウだよ」「みんな好きでしょ」みたいなノリが、へそ曲がりの私にはハナについてね。

でも、Amazonのレビューにもあるように、「この10年ありとあらゆる音楽を聴いてきた経験、あるいは身の回りや世界で起こった事を含めて今の私の視点から見ると、結構嫌いじゃない」というのは私の実感でもある。

いざ過ぎ去ってみれば、そして遠く振り返ってみれば、マイケル・ジャクソンにしろ、カルチャー・クラブにしろ、メロディラインのしっかりした歌曲が大半で、面白いものに満ちあふれてたなぁ、と、つくづく。

最近でも、レディ・ガガとか流行ってるけど、いったい何について歌ってたか、まるで記憶がない。ホイットニーみたいに「アイ オールウェイズ ラブ ユゥ~~」とか「アイ ハブ ナッシーン、 ナッシーン、ナッシィ~~ン」とか、脳裏に焼き付くようなサビもなければ個性もないからだよ。

正直、洋楽も映画も90年代初頭で終わって、今は付け焼き刃の焼き回しというか、ほんと不毛だな、と感じることが多い。

「有名人」はいても、本当の意味で「スター」ってのが無くなったような気がする。

私がただ単に年を食って、今の流行りの良さが分からないだけかもしれないけど、でもね。やっぱ違う。なんか違う。底からして違う。そんな気がしてならない。

全世界で3000万枚以上、日本だけで250万枚!というメガ・セールスを記録。「オールウェイズ・ラヴ・ユー」は、全米チャート14週間連続1位を獲得し、今なお究極のラヴ・ソングとして結婚式の定番ソングでもある。1993年第36回グラミー賞においてAlbum Of The YearとRecord Of The Year(オールウェイズ・ラヴ・ユー)を獲得するという偉業も達成。

映画「ボディーガード」は「別冊コミック」の読み切り少女漫画みたいで、お世辞にも大作とは言えないけれど、ホイットニー・ヒューストンのミュージック・ビデオとして見れば非常に楽しめる。まさに全盛期の魅力が全開で、あの大きな口に吸い込まれそうになる。
このサントラも飛ぶように売れて、クリスマスの頃、あらゆるメディア、あらゆる店舗で、「I will always love you」がかかってた。
くだらないと言う人もあるけれど、いかにもあの頃らしい楽曲の作りと、パワフルなホイットニーの歌唱は忘れられない。
今でも、時々、無性に聴きたくなる一枚。
ちなみに映画は「ボディガード スペシャル・エディション [DVD]」。

先に紹介した「Saving all my love for you」から最新作まで、世界が熱狂したあのヒット曲がすべて収録されています。あれだけ世界を席巻して、たった4枚のアルバムしか発表してない、って、本当に意外。でも、どれも名曲ぞろい。何年たっても色あせないのはさすが。

映画「ボディガード」について

映画gooより

フランク・ファーマー(ケヴィン・コスナー)は、世界でも屈指の実力を持つボディガード。ある時、歌手兼女優のスーパースター、レイチェル・マロン(ホイットニー・ヒューストン)の護衛を依頼される。最近彼女の身辺で、不穏な事件が発生し、脅迫状まで送られて来たのだ。
レイチェルの邸宅を訪れたフランクは、ずさんな警備体制に驚き、彼女のボディガードとなる決心をする。

フランクの目をかすめてライヴハウスでコンサートを行ったレイチェルは、舞台に上がった男から客席につき落とされるが、駆けつけたフランクに助けられる。錯乱状態になった彼女を心から介護するフランクを見て、それまで彼をただの邪魔者としか考えていなかったレイチェルは、初めて心を開く・・。

*

「護衛の対象に私情を抱けば、任務に支障をきたす」という考えから、フランクはクールなプロフェッショナルに徹そうとするが、その態度がレイチェルの心を傷つけ、二人の関係がぎくしゃくする、というありがちな展開。
クライマックスは「公衆の面前でレイチェルを暗殺する」というアカデミー賞授賞式なのだけど、犯人がなぜレイチェルを殺そうとしたのか、彼はいったい何者なのか、映画の中ではいっさい説明がないことから「ご都合主義」とか呼ばれて、興行成績の割りに評価の低いこの映画。
それでもホイットニーを見る価値はあるし、同じくあの頃が全盛期だったケビン・コスナーも決して悪くはない。(おすぎが「あんなに自分のアップばかり撮らせるナルシストの俳優はキライ~とか言ってたけど)
「タレントの勢いだけでこういう映画が出来ちゃう」というのも、いかにもあの頃らしくていいじゃないか、的な、メモリアル作品です☆


初稿 2011年11月2日

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